小説『フェンダー』
作者:あさひ()

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「ちょっと、秋山さん、来てもらっていい?」
「え?」
「一緒に真山のお宅にきてほしいの。私今研修中で、一人で事情聴取させてもらえないのよ。」
「あらあら新米さんは足かせつきね。」

秋山は身仕度を整えようと自分の席から立ち上がった。すると、そこに相模がやってきた。
「おい、重複した事情聴取なら一人でやれ。まだまだ調べなきゃならない人間はたくさんいるんだ。」
「相模さん、私一人で外回ってきてもいいでしょうか?」
「分かった、俺から言っとく。その代わり、有益な情報手に入れてこいよ。」
「はい、じゃあ秋山さん、そっちのことよろしく頼んだ。」

未央は駆け足で表へと飛び出していった。そして車にエンジンをかけ、真山家へと向かっていった。

突如真山家を訪れた未央であったが、真山家の奥さんは専業主婦であり、未央は再度真山家に上がり込み、事情聴取を行った。
未央は沸かしてもらったお茶を飲んで一呼吸置いてから話を始めた。

「すいません、何度も。」
「いいえ、今度はお一人なんですね。」
「えぇ、片方は署内で仕事しています。なにせ怪しい人間がごろっごろいるもんですから。
・・・ところで、昨日、美佳ちゃんの母校を訪ねました。そこで、美佳ちゃんが高校3年生の時の担任の先生からいろいろと話を伺ってきたんです。」
「美佳が疑われているんですか?」
「いいえ、美佳ちゃんが何か隠し事をしているかもしれないと思ったので。ほら、美佳ちゃん、才能あるのに、発揮するのを惜しんでいるように私は思いましてね。」
「あら・・・、美佳に才能があると思うんですか?」
「えぇ、美佳ちゃんの部屋に飾ってある絵、本当にお上手でびっくりしました。」

未央はにっこりほほ笑んだ。
「それで、当時の美佳ちゃんの進路について、先生に尋ねたんです。」

すると、奥さんの表情が急に頑なになった。
「そしたら、美佳ちゃん、本当は進学する予定だったそうですね。美術の大学に。」
「うちにお金がなくなってしまったもので。」
「どうして美佳ちゃんはそのことをわざわざ隠したんでしょう?なにか隠さなければいけないことが他にあったんじゃないですか?美佳ちゃんが進学できなかった理由が。」
「お金がなかったんです。知っているでしょう?うちの主人がとんでもない上司にいじめられていたということを。」
「美佳ちゃんが高校生だった時の美術の先生に伺いましたら、彼女は奨学金を大学からもらってでも大学に進学するつもりだったそうです。両親も反対していない、自分は将来コツコツお金を貯めて、できればコンクールなどで賞をもらってお金を自分の力で返済するとまで言っていたそうです。彼女なら、仮に大学への進学をあきらめたとしても、専門学校にでも行ったはずです。」

「・・・・・。」
「私には理由が一つしか考えられません。女は人生の岐路に一度だけ立たされることがあります。美佳ちゃんには誰か婚約者がいたんじゃないですか?それも、自分の意志で決めたのではない・・・。」

奥さんは深いため息をついてから、
「そうです、美佳には婚約者がいました。」
と小さな声で言った。

「いました?」
「今はもう婚約破棄になっています。お見合いをさせて、経済苦から逃れようとしたんです。主人はどうしても2人を結婚させようとしましたし、借金取りが家にやってきて、主人がおかしくなりかけたのを見たのをきっかけに美佳も仕方なく応じていました。」
「じゃあどうして今美佳ちゃんは自分の才能を本当の意味で発揮しようとしないのですか?」
「私には分かりません・・・。」

未央はしばらく考え込んで
「何か深い訳がありそうですね・・・。」
とつぶやいた。奥さんはそれから、全く未央と目を合わせようとしなかった。
「婚約者の名前を教えていただいてもいいですか?」
「はい。」
奥さんはリビングにある本棚の奥から、資料を取り出し、未央に手渡した。
「ありがとうございます。しばらく署で預からせてもらいます。ところで、あなたの旦那さんが社内で嫌がらせを受け始めたのは18年前。美佳ちゃんがこの家に引き取られた年と一致しています。彼女は、最初から、お金のために結婚させられる宿命を背負っていたのではないですか?」

「単なる偶然です。」

「もしそうなら、美佳ちゃんはこの上なく孤独な方です。私はこれで失礼します。」

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