小説『フェンダー』
作者:あさひ()

しおりをはさむ/はずす ここまでで読み終える << 前のページへ 次のページへ >>

捜査が進んでいくうちに、犯人が乗っていた自転車が、死体が発見された公園から6キロほど離れているところにある山の密林の土の中から発見された。しかし、犯人のものと考えられる指紋は見当たらなかった。犯行に使われたロープの素材は明らかとなったが、どこで購入したものなのか、全く分からないほどに焼け爛れていたようであった。

未央は自分の仕事をひと段落終えた秋山と一緒に、署内の取調室にて真山美佳の元婚約者の事情聴取を行った。名前は原田直人。某会社の社長の息子であり、真山家の奥さんの家系はとんでもない大富豪で、その家系に生まれた女性はお見合いで結婚することが多かったようであり、美佳もそれに倣うことになったというわけであった。美佳の母親は三女であり、恋愛結婚であった。原田は、顔つきは整っていて誠実そうではあったが、どうも自分の主張を持たない人間のように思えて、未央はあまり好きになれなかった。

「原田さん、あなたは真山美佳さんの元婚約者で間違いないですね?」

未央がそう尋ねると、原田は真顔で
「はい、そうです。」
と答えた。

「あなたは今、美佳さんのことをどう思っていますか?」
「妻に迎え入れるのに、全く気兼ねはありませんでしたが、飽くまでもお見合い結婚をするということだったので、突然取り消しになったところで、それをやめさせようとか、そういうことは考えませんでした。」
「美佳さんとは恋仲ではなかったということですね?」
「まぁ、そういうことでしょう。」

「20日の18時から20時あたりには何をしていましたか?」
腕組みをして聞いていた秋山が話に割って入ってきた。

「私は、婚約を取り消されたことに対して何も恨みはありませんよ。」
「アリバイを確認したいので、お答え願います。」
「取引先の社員と打ち合わせの処理をしていました。なんなら、うちの会社の社員に聞いてみてください。」
「分かりました。原田さんは、急に婚約破棄された原因をご存じですか?」
「知りませんね。真山さんは私と美佳さんの結婚を大変喜ばれていたので、急に破棄されるなんて思いもよりませんでした。金銭に関することを伺ったところ、もう大丈夫だとかおっしゃってましたね。何が大丈夫なのかさっぱり分からなかったのですが・・・。」
「原田さんにはその原因が全く思い当たらないというわけですね。」
「はい、全く分かりません。経済苦から逃れられれば婚約破棄されるくらいなら結婚なんてしないほうがいいですよね。」
原田は2人に気の抜けた笑顔を見せた。未央は首をかしげながらメモを取っていた。

お昼休み、未央は秋山を近くのうどん屋に入ってうどんを食べながら話をした。
未央はうどんを口に運ぶ手を止めて
「原田直人と真山美佳の婚約が破棄された後、すぐに被害者が殺害されている。つまり、この事件の犯人は真山美佳の婚約を止めたかった人物なのかもしれないわね。」
と夢中でうどんをすする秋山に話しかけた。

「今日会議があるから、真山美佳の周辺の人物についての調査に人を集いましょう。」

少し気を休めた未央は、ふと何かを思い出したように
「なんか懐かし?。」
と言った。
「え?」
「私、初めて刑事の仕事をすることになった初日、上司にうどん奢ってもらってさ。」
「へ?、独身?」
「ううん、既婚。」
「なんだ、残念。」
「そんなことはない。愛妻家で参っちゃうのよね。」
「へ?、かわいい上司だね。」
「・・・・。」


-31-
Copyright ©あさひ All Rights Reserved 
<< 前のページへ 次のページへ >> ここまでで読み終える