小説『フェンダー』
作者:あさひ()

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「調査を終えたのですが、驚きですよ。」
未央は身を乗り出した。自分の刑事としての仕事の前進を経験するのは初めてだったため、普段冷静な彼女も少し興奮していた。
「この血痕、人間のものじゃないんです。心臓も人間のものではなかったがね。」
「ひょっとして動物のもの・・・?」
未央は目を見開いて問い詰めた。
「その通り。ウサギやラット、マウスのものでした。」
その男は心臓のサンプルを二人の前に示した。どう見ても人間のものではなかった。
「僕たちの目をくらませようって魂胆か?もしくは嫌味・・・。」
山川は頭をかき、ため息をついて自分が座っている椅子の背もたれにもたれかかって腕を組んだ。
「とにかくそういう結果なので、これで捜査を進めてください。」
そう言うとその男はその場から消えた。
「戻るぞ、未央くん。」


それからしばらくは未央には電話対応の日々が続いた。ウイルスの蔓延のせいであった。未央はhert-85Xの事件を調査することになっていたが、そちらのことで山川が手に負えなくなったということだった。彼は内緒の捜査を進めていた。未央は「どうせ手柄が欲しいんだろう。」と冷たい目でその姿を見ていた。
とある日、未央は山川の好意で府川署の会議に参加することになった。そこで未央は、hert-85Xのワクチンがあちこちに出回っていることを知った。まだウイルスの蔓延は食い止められていなかったのである。しかも何者かがそのワクチンで金もうけをしている。だが、それは一時のことであり、hert-85Xはワクチンのお陰でいつのまにやら消え去っていた。しかもワクチンはすっかり無くなっていた。だが、未央はこれを決して許されざる犯罪であると受け止めた。
「ワクチンが目的ってことは医療関係者があやしいな。」
会議が終わると椅子から立ち上がった山川は未央に話しかけた。未央は椅子に座って正面を見たままこっくりうなずいた。未央は考え込んでいた。



―土曜日
外は秋晴れで青く晴れ渡っていた。都会の空の色なら緑の多い田舎のそれと同じだった。道路わきの草木がみずみずしく輝いている。未央はアパートで紅茶を飲んでくつろいでいた。テレビではhert-85Xのことで大騒ぎだった。
(日本中が大騒ぎね。きっといつか誰かが解決するわよ。)
未央はそう思った。
(でも私ができることはやっておきたいな・・・。)
そう思って紅茶を味わっていた時、未央ははっと気が付いた。バイブ音の鳴った携帯電話を開いた未央は急いで外出の準備を始めた。

未央が車で向かった先は・・・

未央が高校生だった時の同級生と約束した場所であった。その同級生は大学の医学部の専任講師になっていた。独身でバリバリ働いているということだった。名前は長谷川美紀。特に親しいわけでもなかったが、長谷川の友達とは親しくしており、彼女からその連絡先を聞き出したのであった。都会を抜けたところにある閑静な田舎町のおしゃれな街の青空と海の見えるカフェで会う約束をしていた。

「少し良い景色を見た方がいいでしょ。」
「そうね。」
未央は穏やかに笑う長谷川に苦笑いを浮かべた。
「最近どう?医療の世界も物騒になっているわよ。」
「まぁそれに比べたら大学は平和なもんだね。」
今度は長谷川が未央に苦笑いを浮かべた。
「未央が刑事見習いとはね。hertウイルスを相手に回してるとは大騒動よ。」
「怖くないって言ったらうそになるよ。」
「ウイルスについては医療の世界のあちこちで話題になっている。理学研究所の論文にそのウイルスのことが書いてあって今大騒ぎだ。」

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