小説『フェンダー』
作者:あさひ()

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「その論文、誰が書いたの?」
「やあねえ。警察はまだ調べ上げてないっていうの。知りたい?」
未央は身を乗り出した。
「西川雅彦って人。」
「西川?・・・」
「どうしたの?」
深々と考え込む未央に思わず長谷川は問いかけた。
「ううん、別に。それでその内容は・・・?」
「それがね。」
長谷川はそっと目くばせをした。
「人間にしかそのウイルスのワクチンが作れないっていうのよ。まぁ飽くまで仮説みたいだけどね。」
未央は唖然とした。
(そういうことだったのか・・・。)
長谷川はさらに話を続けた。
「ウイルスのことはとうの昔にベトナムで発見されていて、医学に通じている人間の間で話題になっていたんだけど、誰もそのウイルスについて研究しようとはしなかった。なにせ、感染後数秒で心臓が委縮するというおそろしいウイルスだからね。でも、理学研究所の研究員が研究を始めて、幾人もの研究員がその研究に携わって約二十年経てその構造を明らかにし、そういう仮説を打ち立てることができたらしいわ。もしよかったらその論文のコピーあげるわ。」
長谷川は論文のコピーを未央に手渡した。
「有難う。」
「じゃあ私はこれで。」
長谷川は会計を済まして早々と去って行った。未央はしばらくその場に残って考え事をしていた。
(つまり血痕の動物は実験動物で、犯人はその動物たちではワクチンが作れないことが分かった。その時この論文を見つけたんだわ。そして人間でワクチンを作った。だからウイルスを打たれた被害者は一人。)

未央は山川に電話をしたが、電源がオフになっていた。山川が愛妻家なのを未央が一番よく知っていた。
(仕方がない、月曜日に報告しよう・・・。)


―月曜日
署の朝礼の後、すぐに未央は山川に論文のことを報告した。
「知ってるよ。」
「へ?」
「理系某大学のネットワークを使って調べたよ。近いうちにニュースにもなるだろ。仮説とはいえ、証拠のある仮説だからな。正気ならそんなこと誰も試そうとはしないはずだ。」
「なんだ・・・。」
未央は肩をすくめた。
(私は刑事としてまだまだか・・・。)
そして少し腹立たしくもなった。きちんと報告してほしかった。
「人間にしか感染しない上、人間の血でしかワクチンが作れないなんてへんてこだな。」
未央は山川の言葉にはっとした。
「まるで死神の落し物・・・。」
山川は深くうなずいた。

未央は電話の音に気づき、電話に出ようとしたところ、山川はそれを遮った。そして別の人がその電話の対応を始めた。
「今日はちょっと手伝ってもらいたいことがあってね。」
「なんですか?」
「ウイルスのことなんだが・・・」
「hertですか?」
「そっちじゃなくて。」

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