小説『フェンダー』
作者:あさひ()

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丁度西川は自分の研究室で論文を書いているところだった。未央がイメージしていたのとは違って若若しく爽やかな顔つきにどこか学者らしい雰囲気を漂わせており、どちらかというとスポーツに向いた体つきをしていた。未央はもっと物静かな暗いおじいさんを想像していた。
「府川署の未央と申します。西川さんでいらっしゃいますか。」
西川は椅子にこしかけたままくるっと未央の方に向き直った。
「来ると思ってましたよ、どうぞかけてください。」
西川は本棚の下に隠してあった丸椅子を未央に差し出した。未央は「失礼します。」と言ってその椅子に座った。
「では、いきなりですが、質問に答えていただきます。」
「なんなりとどうぞ。」
「あなたの周辺にトラブルを起こした人はいませんでしたか?」
「うちは一人一人が全く違う研究をしているし、下の人間は他人をなじってる場合じゃないしな。あ、でもこんなのがお役に立つかも分かりませんな。」
西川は資料を未央に手渡した。そこには理学研究所の研究員が示されていた。どこの研究室で何の研究をし、何の業績を上げているかが示されていた。
「わざわざありがとうございます。ところで、あなたの家族は何人ですか?」
「おいおい、疑うのか?」
「捜査には偏った考え方は良くないので。」
「私含めて五人。」
「兄弟は誰が。」
「妹が一人と弟が一人。妹の方が年上。」
「二人のお名前は?」
「おい、なんで兄弟を疑うんだ?」
「いや、こういうタイプの事件には兄弟が絡んでいるケースが多いので・・・。」
未央は少しまごつきながら答えた。
「妹が真樹、弟が晃。」
(やっぱり・・・・。)
未央は下を向いて急に黙りこくってしまった。
「どうした?」
「あ、いえ、ちょっとここに連絡先と住所をお願いします。事情聴取や緊急の連絡に必要なので。」
未央はかばんから取り出した封筒の中の用紙を西川に差し出した。西川はうなずいてボールペンでそれらを記入した。
(西川晃、間違いない、同姓同名の人間がこんな風に一致するはずがない。)
未央はその後、その研究室の人間の一人一人と会って事情聴取をし、夜遅くなってから車で署に向かった。車を運転しながら、彼らの話、話し方、態度を思い出していた。
(あの研究室に犯人はいないだろう・・・。)
未央はその夜アパートに残業なしで帰らせてもらった。山川の気遣いであった。


―翌日
朝礼の時間になっても未央は姿を見せない。しかも今度は山川に連絡がなかった。だが、未央を信用していた山川は
(何か考えでもあるのだろう。)
と穏やかに構えて待つことにしていた。

未央は自家用車で西川の家に向かっていた。未央は少々焦っていた。この日はどしゃぶりで辺りは暗く視界が悪かったが、未央はできる限り車のスピードを上げて高速道路で車を走らせていた。

西川の家は土地が高く緑豊かで趣のある場所にあり、大きいが質素な木造の一軒家であった。未央は丁度良いじゃりの空地に車を止め、その家の庭で傘を差しながら花木の手入れをしている婦人に声をかけた。
「府川署の者です。」
「あぁ、息子から話は聞いています。中へどうぞ。」
婦人は白髪の少しまじった髪の毛を一つに結い、優しい笑顔が素敵な母親だった。庭にはさまざまな花木が植わっており、奥の方には温室もあり、ランの紫の花びらがそこからでもうっすら見えた。今日は冷え込んでいるため温室の壁が曇っていた。

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