小説『ボーッとしていたら、過去に戻ってしまいました。』
作者:氷菓()

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「え..」
と私は驚きのあまり言葉を発することができず、我ながら不抜けた顔だったと思う。
私の表情を見た阿姫は゛図星か..゛とまるで自分が王女という立場に君臨したかのような眼差しで
私を見下ろした。
するとその様子を見ていた薊先生がこの空気を押し切るように阿姫に問いかける。
「どういうこと?」
その言葉はぶっきらぼうに放たれたものだった。完全に阿姫を軽蔑しているらしい。
まぁ、無理もないと思うが。しかし、そんな先生の機嫌に対してお構いなしに阿姫は、
「先生には関係ありません。」
と小学二年生とは思えない口調で薊先生を冷たい眼差しで直視する。
「関係ない..ですって?ふざけないでッッ!!!!!私は仮にも学校にいるときは、貴女たちの
 保護者なのよッ!?」
薊はまた声を張り上げる。でも阿姫には通用しないらしい。
「私は貴女に心を許した覚えもなし、保護者ヅラしないでくれますか?綺麗事、綺麗なだけ並べちゃって。
 ただ金が欲しいだけですよね?」
阿姫は少しだけ笑みをこぼしながら毒を吐く。
「で、でもねッッ。私は貴女たちの...」
「私たちのなんなんですか?保護者でもない。友達でもない。
 所詮は赤の他人でしょ?笑わせないでくれますか?それ以外何があるんですか?」
「それは...」
薊は言葉を濁らせる。
「私たちの面倒を見るのはただ金が欲しいだけじゃないんですかッ?」
もうこの勝負はついていたと思う。いや、最初っから勝ち負けなら決まっていた。
今の阿姫に勝てるはずなんかない。阿姫の意見に反対できるっていう人は居るのかもしれないが、
少なくとも今の薊先生にはそんな力どこにもない。
「.......薊先生。もう、止めましょ。゛口喧嘩ごっこ゛なんて」
阿姫はにやりと笑うと私の方に振り返り、口パクで゛放課後 お話をしましょ。゛と言い、
教室から出て行った。その後を追うようにさっきまでメソメソと泣いていた利々子は、
教室を後にするのだった。
すると薊先生は肩の荷が下りたかのようにペタンと床に座り込んだ。
「............................先生」
私の目の前には自分を見失ってしまった薊先生が居た。
「...私、もう無理なのかもしれないわね。小さな女の子にここまでズタズタにされるなんて...
 教師としての恥ね。」
その瞳には悔し涙なのか無透明な雫がたくさん詰まっていた。
「...............」
でも、まさか先生が泣くだなんて思ってなかったからどんな言葉をかければいいのかすら、
私には分からなかった。゛大丈夫゛゛先生は学校の誇りです。゛どれもこれもただ口だけ。
阿姫が薊に言ったことは、昔の私が考えていたこと。そのものだったから。
どんなに綺麗な言葉を並べたところで薊先生の心を癒すことなど出来やしないから。
私が俯いたまま黙り込んでいると薊が小さな声で言葉を溢した。
「私ね...昔いじめられていたの。小さい時の話。その時の姿と彩矢ちゃんのこと無意識に
重ね合わしてしまったみたいなの。昔の私は、やめてなんての三文字の言葉言うことができなかった。
だから、彩矢ちゃんは強いんだなって思う。私が教師になりたいって思ったのは、
昔、私の担任だった先生のお陰なの。その先生は誰よりも早く私がいじめられてることに気づいてくれた。
その時から私その先生みたいになろうって思ってたのに...本当に駄目ね。
貴女がいじめられてることに気づいてあげられなかった。」
と先生は言葉を区切り、私を見上げる。その頬には涙が伝った跡が見られた。
「本当にごめんなさい...ッ」
その声は力なく、直ぐに途切れてしまったが薊先生は私に頭を下げた。
「........................あ、あの、いいんです。」
私は動揺を隠せずに口ごもってしまうが言葉を続けた。
「過ぎてしまったことだから。でも、薊先生はちゃんと気づいてくれたじゃないですか。
 私が酷い目に合ってるってところ。だからいいんです。だけど、
 これだけは誓ってください。薊先生の生徒の中でもう二度と私のようないじめをされている子が
 居ないクラスにしてください。お願いします。」
と私は遠慮がちに言う。先生は少しばかり驚いていたが、
いつもの優しい笑顔を私に向けた。
「ありがとう。..............分かったわ。しっかりと誓います。
 もう二度とこんな犠牲者出さないから。」
その言葉を聞いたとき私は、この先生はきっと前向きに歩んでいけるような気がしてならなかった。
それと同時に先生とこんなに真正面に話したのは初めてなのかもしれないと思った。
そして訂正がある。薊先生の事は嫌いではない。かと言って大嫌いとか、そう言うオチでもない。
一応言っておくが大好きでもない。でも普通だと思う。
人を見た目だけで判断するのは簡単なことなのだろう。でも、
ちゃんと向き合ってみないとわからないことだってある。自分の生活を幸せにするか、
それとも、不幸にするか、それは自分次第。
きっと今の私なら今の生活をもっと良くできると思う。
これは個人の意見だが、仮説でもあるが、
何故だか自分が得をした気分になったのは事実でもある。

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