小説『職業:勇者』
作者:bard(Minstrelsy)

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 朝の祈りを捧げる司祭が、弾かれたように立ち上がった。
 ガラン、と杖の落ちる音と共に、雷鳴が鳴り響く。
 先程までの青空から一転、暗い雲が礼拝堂の天窓を覆っている。控えていた従者や共に祈りを捧げていた信徒達も呆然と窓を眺めている。
 雲は渦を巻き、今にも大粒の雨が降りそうだ。
 と、どこからともなく風が吹く。窓も扉も閉まっているはずなのだが。礼拝堂内はパニックに陥る。
「静粛に! 落ち着きなさい!」
 助祭が叫ぶが、誰の耳にも届かない。
 司祭は一人、目の前の経典を見つめている。ひとりでにめくれていくページ。それが、ぴたりと止まる。
「こ、これは……!」
 そのページを読んだ司祭が言葉を失う。
「司祭様!」
 助祭が叫ぶ。信徒達の恐怖と混乱はピークに達していた。
 司祭は信徒達に向き直り、叫ぶ。
「皆の者、静まりなさい! 今、たった今! 我らの神からお告げがあったのじゃ!」
 お告げ、という言葉に信徒達の混乱が徐々に収まっていく。
「お告げですと?」
「そうだ。リノとアッシュをここへ。早う呼んでくるのじゃ!」


 大体、朝の礼拝の最中はやることはない。教会勤めの自分達は、一般の信徒よりも早い時間に礼拝を終えている。
 一般の信徒が来たら案内をするくらいで、礼拝が終わってしまえばやることはない。
「……俺達に来いって?」
「司祭様がお呼びです」
 空の異変と何か関係がある。アッシュは暗い雲を睨みながらそう思う。
 教会近衛騎士、アッシュ。
 今年で十八になる。産まれてすぐに両親が事故で亡くなり、この教会に預けられた。剣の才能が備わっていたアッシュは、十歳になる頃には近衛騎士の見習いとして修行を積んできたのだ。
 そのアッシュとペアを組んでいるのは、教会巫女のリノ。
 リノの母親は教会巫女、父親は教会の導師だ。産まれたときから教会巫女になるべく育てられてきた。
 まだ十五ではあるが腕は確かで、近衛騎士のアッシュと組んで問題解決に当たっているのだ。
 とはいうものの、年若な二人だけで対処することはまずない。二人とも、妙な気分だった。
「何だろう。とにかく、行ってみるか」
「そうね」
 アッシュは礼拝堂の扉を開けた。


「待っておったぞ」
 祭壇の前には司祭。信徒達はただひたすらに祈りを捧げている。
 異様な光景だった。
「二人とも、こちらへ」
 近衛騎士と教会巫女でも、祭壇の前に行ける機会は少ない。
(だ、大丈夫なのか?)
(でも……来いって言ってるから、行くしかないよ……)
 二人は恐る恐る、信徒達の間を通る。
「神よ……」
「ああ、救いを……」
 ぼそりぼそりと漏れ聞こえる祈りの言葉が、異様な雰囲気を際だたせていた。

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