キイトはプレートを掲げ、呪文を唱える。
「cact er hup ar tes」
ぱちん、とプレートが弾け、細かな破片となる。
その破片は輝きながら、俺の周りに漂う。
「va recate rata」
そして、俺の身体にまとわりつく。
一種の儀式だ。
俺は俺のままで向こうの世界に出向くことは出来ない。
相手の世界に見合った姿形が必要となる。
契約を結んだ時に貰うプレートは、見張り番に渡すゲートパスであると共に、俺の姿を変えるアイテムでもある。
見張り番はゲートパスを受け取ると、こうやって仕事人の姿を変えるのだ。
俺には読めないが、ゲートパスには依頼人の世界に関する情報があるらしい。
それを元に、見張り番は仕事人の姿を創り上げるのだ。
仕事人の姿が変更されれば通行許可が下りたことになる。
契約の不備があれば、変更は完了しない。
そうなれば契約の結び直しとなる。
俺くらいになればそんなヘマはしないのだが、駆け出しは幾度かミスをする。
経験者、俺。
そうこうするうちに、俺の姿はどんどんと変わっていく。
ありきたりな表現をすれば「変身」。
俺が美少女であればさぞ盛り上がるだろう。
リノが付けた名前、アッシュ。
その名の通り、髪はアッシュ―つまり、灰色―に変わっていく。
後ろで一つにまとめられた髪は、腰まである。
瞳はアッシュブルー。
旅装は細かな装飾がされた鎧に変化する。
リノの言っていた近衛騎士の正装備なのだろう。
腰に帯びるのは、実戦向けとは言えないきらびやかな剣。
どちらかと言えば、儀式的な用向きが強いのかもしれない。
変身は止まらない。
外見が幼くなる。
今の俺はリノよりも少し年上、十七か十八の青年のものに変わり始める。
「アッシュ」がそれくらいの年齢だということだ。
リノは呆然としている。
言葉すらも出てこないらしい。
「へえ、随分と格好良くなったじゃん」
キイトが愉快そうに笑った。
「元の俺でも十分格好いいだろうが」
そう応じる声も、変化した「アッシュ」のものになっていた。
「これで準備は出来たよ」
キイトの満足げな声を聞く限り、余裕ぶってはいたものの緊張していたらしい。
呪文のミスでもされたら悲惨だ。
俺はイモムシになっていたかもしれない。
「そんなことあるわけないだろー!」
「お前ならやりかねないだろ。ヒヨッコの新米め」
「うるさーい! 昔のヒヨッコめー!」
「今はベテランだ。もうちょっと敬え」
キイトの仕事を疑うわけではないが、一通り装備の点検をする。
見たことのない素材だが、鎧はそれなりにしっかりした作りになっている。
鎧の下、普通に行動するための衣服にも問題はない。
「……んん、不備はないな。上出来じゃないか」
「当たり前だろー!」
さて、と見上げた先には、二本の柱がある。
これがゲート。
俺と、依頼人の世界を繋いでいる。
「それじゃ、送るよ」
「頼む」
キイトが柱に触れる。
「gino dal」
柱の間に光が走り、風が吹く。
「tema gastr」
光が消えた向こう、風景が水面のようになびく。
ゲートが開いたのだ。
「行くよ、リノ」
未だに呆然としているリノの手を引き、ゆらめくゲートへ歩き出す。
「いってらっしゃい」
手を振るキイトの姿が遠くなる。
「おやっさん達によろしくな!」
キイトは返事をしてくれたらしいが、その声はもう聞こえなくなっていた。