小説『職業:勇者』
作者:bard(Minstrelsy)

しおりをはさむ/はずす ここまでで読み終える << 前のページへ 次のページへ >>

 キイトはプレートを掲げ、呪文を唱える。
「cact er hup ar tes」
 ぱちん、とプレートが弾け、細かな破片となる。
 その破片は輝きながら、俺の周りに漂う。
「va recate rata」
 そして、俺の身体にまとわりつく。
 一種の儀式だ。
 俺は俺のままで向こうの世界に出向くことは出来ない。
 相手の世界に見合った姿形が必要となる。
 契約を結んだ時に貰うプレートは、見張り番に渡すゲートパスであると共に、俺の姿を変えるアイテムでもある。
 見張り番はゲートパスを受け取ると、こうやって仕事人の姿を変えるのだ。
 俺には読めないが、ゲートパスには依頼人の世界に関する情報があるらしい。
 それを元に、見張り番は仕事人の姿を創り上げるのだ。
 仕事人の姿が変更されれば通行許可が下りたことになる。
 契約の不備があれば、変更は完了しない。
 そうなれば契約の結び直しとなる。
 俺くらいになればそんなヘマはしないのだが、駆け出しは幾度かミスをする。
 経験者、俺。
 そうこうするうちに、俺の姿はどんどんと変わっていく。
 ありきたりな表現をすれば「変身」。
 俺が美少女であればさぞ盛り上がるだろう。
 リノが付けた名前、アッシュ。
 その名の通り、髪はアッシュ―つまり、灰色―に変わっていく。
 後ろで一つにまとめられた髪は、腰まである。
 瞳はアッシュブルー。
 旅装は細かな装飾がされた鎧に変化する。
 リノの言っていた近衛騎士の正装備なのだろう。
 腰に帯びるのは、実戦向けとは言えないきらびやかな剣。
 どちらかと言えば、儀式的な用向きが強いのかもしれない。
 変身は止まらない。
 外見が幼くなる。
 今の俺はリノよりも少し年上、十七か十八の青年のものに変わり始める。
「アッシュ」がそれくらいの年齢だということだ。
 リノは呆然としている。
 言葉すらも出てこないらしい。
「へえ、随分と格好良くなったじゃん」
 キイトが愉快そうに笑った。
「元の俺でも十分格好いいだろうが」
 そう応じる声も、変化した「アッシュ」のものになっていた。


「これで準備は出来たよ」
 キイトの満足げな声を聞く限り、余裕ぶってはいたものの緊張していたらしい。
 呪文のミスでもされたら悲惨だ。
 俺はイモムシになっていたかもしれない。
「そんなことあるわけないだろー!」
「お前ならやりかねないだろ。ヒヨッコの新米め」
「うるさーい! 昔のヒヨッコめー!」
「今はベテランだ。もうちょっと敬え」
 キイトの仕事を疑うわけではないが、一通り装備の点検をする。
 見たことのない素材だが、鎧はそれなりにしっかりした作りになっている。
 鎧の下、普通に行動するための衣服にも問題はない。
「……んん、不備はないな。上出来じゃないか」
「当たり前だろー!」
 さて、と見上げた先には、二本の柱がある。
 これがゲート。
 俺と、依頼人の世界を繋いでいる。
「それじゃ、送るよ」
「頼む」
 キイトが柱に触れる。
「gino dal」
 柱の間に光が走り、風が吹く。
「tema gastr」
 光が消えた向こう、風景が水面のようになびく。
 ゲートが開いたのだ。
「行くよ、リノ」
 未だに呆然としているリノの手を引き、ゆらめくゲートへ歩き出す。
「いってらっしゃい」
 手を振るキイトの姿が遠くなる。
「おやっさん達によろしくな!」
 キイトは返事をしてくれたらしいが、その声はもう聞こえなくなっていた。

-9-
Copyright ©bard All Rights Reserved 
<< 前のページへ 次のページへ >> ここまでで読み終える