と、いう訳で。
「俺はこいつを倒せばいいって話だな」
前振り終了。
ここからが本当のスタートだ。
司祭様がどうこうってのは、俺をこの世界になじませるためのプロセスの一つだ。
そして、世界が俺を受け入れるための準備でもある。
本来いない人間である俺に必要なプロフィールもここでセッティングされる。
仕事人であるところの俺には、亡くすべき両親も、守るべき故郷も、この世界には何一つ存在していない。
それでも、この世界の人間として戦い抜かなくてはならない。
別に面倒だとは思わない。
寂しい、とは少しだけ思うけれど。
「ホントに効くのかねぇ……」
手にはあの、きらびやかな剣。
「司祭様を疑うんですか?」
リノが咎めるような声で言う。
「経験則だよ」
特定の武器しか通用しない敵は山ほどいる。
そういう場合は大体、偏屈なじいさんからもらったり、やたら強い敵が持っていたり、ある程度のプロセスが必要とされている。
最初から専用武器を持つなんて、俺にとっては初めてだ。
魔物はうなり声を上げながら俺達を威嚇している。
毛を逆立てた、狼と熊を足して二で割ったような魔物だ。
「戦ったことは?」
「こ、後方支援なら……」
リノの声は震えている。
「怖いのか」
「そっ……そんなこと……」
「無理しなさんな」
俺はリノをかばうように立ち、剣を構える。
剣は羽根のように軽い。
「さてと。いっちょ、やりますか」
俺の動きに呼応して、魔物が咆吼する。
そんな声には動じない。
じりじりと距離を詰め、相手を見据えた。
爪と牙が不気味に光る。
先に仕掛けたのは魔物だった。
うなり声一つを合図に、猛然と地を蹴り、飛び上がる。
その体躯は、俺の身長の優に二倍はあるだろう。
魔物は自分の体重を利用し、俺を押さえ込むつもりだ。
だが。
「遅い」
俺は剣を横に構える。
そして、落ちてくる魔物の身体にその刃を向ける。
魔物はとっさに爪を出す。
剣をはじき飛ばすつもりだろうが、そうはいかない。
不安定になった体勢のまま、魔物は地面に叩き付けられる。
狙いは、首。
起き上がろうともがくそいつの首を一閃する。
重い手応え。
断末魔。
だが、血も何も出てこない。
「……どういうことだ?」
恐る恐る倒れた魔物を見る。
動かないところを見ると、死んだか気絶かはしているはずだ。
と。
「なっ、何だ?」
もやもやと黒い煙だか影だかが立ち上り、ゆっくりと空に溶けていく。
それと同時に、魔物の身体がだんだん小さくなっていった。
後に残ったのは、犬らしき獣。
目を閉じているので死んでいるのかと思ったが、そのうちにもぞもぞと動き始めた。
そして一声鳴くと、そのまま一目散に走り去ってしまった。
「……。あぁ、はいはい、なるほど。そういうことか」
さっき司祭から貰った武器は、あの煙だか影だかを倒せる武器らしい。
魔物はこの犬みたいに、その変なやつが乗り移ったもの。
神の代理はむやみやたらと殺生してはいけません、ということなのかもしれない。
「良かった。ケガ、無いみたいですね」
いつの間にか、リノが俺の隣に控えていた。
「うむ。さすが、見事じゃな」
何故か司祭も来ていた。
「さっきの煙みたいなものは?」
念のため、司祭に聞いてみる。
「あの影は悪神の分身じゃ。奴はそうやって、罪のない獣を魔物に変えてしまうんじゃ。そなた達に授けた武器は、罪のない獣を傷つけずに悪神の分身を倒すため、神から与えられたものなのじゃ」
おおよそは俺の予想通りだった。
神から与えられた武器ならば、儀式的な見た目をしているのも理解できる。
「解りました。ありがとうございます」
教えて貰ったら、素直に丁寧にお礼を述べる。
勇者流の世渡り術。
というか、常識。
「それでは……俺達、そろそろ出発します」
「満足な見送りも出来んですまぬな……。まずはふもとの街に行き、そこにいる導師を訪ねるのじゃ」
「はい、行ってみます」
うなずくリノが涙ぐんでいる。
「リノ……大変だろうけど…」
「気を付けてね。必ず無事に帰ってくるのよ」
「また遊んでね、おねぇちゃん!」
「待ってるからね!」
教会に集まった人々が次々とリノに声をかけていく。
「大丈夫。だって、アッシュがいるから。……じゃあ、みんな、行ってきます!」
そんな感じのやりとりが何回か続いたお陰で、実際に出発したのは二時間後のことだった。