ふもとの街まではわずかな道のりだったが、解ったことは結構あった。
その一。
「今度は何だ? ウサギか?」
もやもやこと悪神の分身が取り憑いた獣は、確実に俺達に襲いかかってくること。
その二。
「ウサギってことはすばしっこいか。リノ、頼んだ!」
「任せてください!」
リノが使う術は支援系で、攻撃は一切出来ないこと。
その分、使える支援術は一級品だ。
俺の求める術をすぐにかけられること自体、かなりの逸材である。
ここしばらくは出会ったことがない。
その三。
「これでラストか?」
分身の取り憑いた敵が残っている限り、次の街には入れないこと。
恐らく悪神の分身が結界を張っているのだろう。
迷惑な話ではあるが、どちらにせよ暴れ回る獣をそのままにする訳にはいかない。
倒れた獣から悪神の分身が離れていく。
もやもやした煙が空に溶けた途端、ぱしん、と何かが弾けたような音がした。
周囲を見回すと、この一帯を覆っていたヴェールのようなものが消えていた。
結界が消えたのだ。
「大丈夫か、リノ」
「ええ、怪我もしてません」
その四。
リノの適応能力は相当高いこと。
最初は怯えていたものの、三戦目を迎える頃にはすぐに状況判断が出来るまでになった。
世間知らずで純粋なお嬢さんだと思っていたが、なかなかどうして、タフな娘だ。
「ま……ヒロインはこうじゃないとな」
「どうかしましたか?」
「いや、別に。それよりも、街ってのはあれかい?」
俺の指さす向こう、人家の屋根が見える。
ふもとの街、サジメ。
まずは、そこに住んでいる導師に会わねばならない。
ふもとの街という語感から割合のんきなところを想像していたのだが、その期待は大きく裏切られることになった。
目の前には、魔物。
悪神の分身が取り憑いた何かが暴れ回っている。
形から推測するに、恐らく人が取り憑かれている。
時々頭を押さえてうなっているところを見る限り、人としての理性みたいなものはあるらしい。
「ああっ、君達は教会の人達だね?」
逃げてきた街人がすがりついてくる。
「ええ、ここにいる導師様に会うつもりだったんですが……」
俺に代わりリノが答える。
「ならばあれを何とかしてくれ! 今暴れてるのは導師様なんだよ!」
なんてこった。
神様に仕えている身だろうに。
「俺達に任せてください」
どんだけ呆れていても、勇者たるもの、この台詞と共に引き受けなければならない。
「ちょいと荒っぽいが、しゃーないわな……」
街人が大方逃げ去った。
広場には、魔物こと導師、それに対峙する俺とリノ。
「あんたが正気になってくれねーと、話が進まないんでね」
ため息と共に剣を抜き放つ。
魔物は光芒を睨み付け、地を揺るがすほどの咆吼を上げた。