カメより遅いグラオが案内してくれたのは、小さな礼拝堂だった。
ここ、サジメの人々が利用するためのものらしい。
教会が近いのだからそこを利用すればいいと思うのだが。
「何かあった時の連絡口になるんです」
俺の疑問に、リノはそう答えた。
「あと、遠出が出来ない人もいますし」
お年寄りや身重の女性、幼い子供などが利用するのだという。
そういう人達にとっては、ここは生活のよりどころになっている。
元の姿に戻ったグラオに人々が駆け寄ったのも、当然だろう。
彼らにとっては、自分達を見守ってくれる導師様な訳だし。
その導師があのザマでは、と思ったが、口には出さない。
「狭いところで申し訳ない」
礼拝堂の奥には居住スペースがあった。
グラオはここで生活をし、人々の世話を焼いているのだろう。
所狭しと書物が積まれている。
なるほど、グラオはマジメで熱心なヤツらしい。
「君達二人が……神の代理として闘うのか」
椅子に腰掛けながら、グラオが吐き出すように言う。
「ええ。司祭様から……」
「出来ることなら、僕が行きたかったな」
「そんな! 何を仰るのですか! 導師様の身に何かあったら……」
まあ、健気なことで。
結構なことだが、いつまでも続けられては困る。
「しかし、導師様。あなたが何故悪神の分身に取り憑かれたんです? あなたほどの方が取り込まれるとは」
う、とグラオが言葉に詰まる。
その顔が歪んでいる。
屈辱か、それとも――。
「アッシュ!」
リノが俺を咎める。
「……導師様が取り憑かれるほどなんだ。俺達もいつ取り込まれるか解らないだろう?」
世界を救いに来た勇者が、世界を滅ぼす悪者になるわけにはいかない。
それに、対策が必要だ。
世界の法則に逆らった防護術は使えない。
一応自分の身に相当の危険が迫れば使って構わないらしいが、徹底した滅私奉公を求められるのだ。
師匠はよく言っていた。
勇者は世界のために己を捨てねばならない、と。
その己には、命も含まれているのだ、と。
「君達二人が取り憑かれることは、恐らくは無いだろう」
しばしの沈黙の後、グラオが口を開いた。
「司祭様から授けられた武具があるだろう? それは悪神から君達を守っているんだ」
グラオの話によると、俺達が司祭から貰った武具は、遙か過去に神が作り出したものだという。
聖断の刻に闘う代理のために。
使う武器まで指定とは、なんとも準備の整った話だ。
リノが最初に話していた「闘いの再開」とルールを決めたときに作ったのだろう。
「君達は神に選ばれた。選ばれた代理には、悪神も直接手は出せないんだ」
フェアじゃないってことか。
「だから分身を取り憑かせて、襲わせてるってことですか」
「そうなるね。アッシュは平気だろうが……」
何故こう、二言目には絡んでくるのか。
意識してやっているのか何なのか。
心底面倒なヤツだ。
好きなら好きだと伝えればいいものを。
「そうだ、これを渡しておこう」
グラオが書物の山から何かを引っ張り出してきた。
「これは?」
「経典に記された、聖断の闘いが行われる場所への地図だ」
そこには「神無き荒れ野」と書かれている。
代理がそこで神の代わりに闘うのだ。
そりゃ、神もへったくれもないだろうよ、と思う。
「そこに神の代理がたどり着かねばならない。悪神の代理も、そこで待っているだろう」
「ちょっと待ってください、悪神の代理って……」
人の内から代理を立てる、とリノは話していた。
「君達と同じように選ばれているだろう。だが、旅の途中で出会うことはないはずだ」
「何故です?」
「途中でどちらかが倒れては意味がないからだ。聖断の闘いは、神無き荒れ野で行われると決められているのだ」
双方ルールには忠実、と。
神様が率先して約束を破っては、他の者に示しがつかないだろうし。
とりあえず俺達のやるべきことは解った。
悪神の分身が取り憑いた連中を正気に戻しつつ、その決戦の場所やらを目指し、悪神の代理を倒す。
単純明快。
実に解りやすい。
「今からこの街で装備を整えていくといい。一回りしたらここで休んでいきなさい。夜に出歩くのは危険だ」
あんたがもう少し早くしてれば夜にならなかっただろうよ、とは言えない。
「ありがとうございます、導師様」
俺は形ばかりの礼を述べ、礼拝堂を後にした。