アッシュ、とリノの声を背中で聞きながら、必要なものを探して雑踏を歩く。
通りには人が行き来し、商店からは威勢の良い声が聞こえる。
暴れ回っていた導師が元に戻ったことで、街は本来の姿を取り戻していた。
「治療薬系統と、地図……は、あるか。攻撃術っぽいもの、は、試してみたい気もするけど」
一応、司祭からは路銀も貰っている。
それに、倒した魔物から得られたアイテムもそれなりの値で売れる。
そのお陰で、余裕とは言えないが、困窮するほどでもない。
この世界に限らず、魔物からは様々なアイテムが獲れる。
皮革や骨、角といった生活に必要なもの。
アイテム生成に必要な、魔力や魂らしきものの結晶。
その他、どこかからくすねてきたと思われる治療薬など。
一般住民はこういった魔物をほとんど狩れないため、そういう物資を冒険者から譲り受けている。
場合によっては持ち込んだもので武具や薬品の作成を請け負ってくれたりする。
「あとは……そうそう、携帯食料も必要か」
ものによっては結構な収入になるため、大体の世界には魔物狩りを専門とするハンターもいる。
この世界にいるかどうかまでは解らないが、多分それなりにいるんだろうとは思う。
世界が平和になって魔物がいなくなったら、彼らはどうやって生計を立てるのだろう。
普通の獣を相手にする狩人になるのだろうか。
仕事が終われば離れてしまう俺には、その後どういう生活になるかは関知できない。
収入源が無くなって恨まれる……なんてことはないと思いたいが。
「アッシュ!」
何度目かの呼びかけに、俺はようやく振り返る。
ぜいぜいと息を切らしたリノがそこにいた。
人混みを歩くのは苦手なのだろう。
「何?」
「かっ……勝手に一人で行かないでください!」
「俺はてっきり後ろについてくるものだと思ってたけど」
「歩くの速いです! はぐれたらどうするつもりなんですか!」
「導師様のとこにいれば良いじゃないか。どうせ戻るんだし」
「そういう……そういう問題じゃないですよ!」
どうやらリノの意見を聞かずに行動したのがいけなかったらしい。
さりとて、いちいち聞いていてはきりがない。
とはいえ、依頼人との関係をないがしろにするわけにはいかない。
「あのさ」
「何です?」
「旅の準備、したことある?」
「それは……」
「必要なものとか、解ってる?」
「う……」
「不備があれば、幾ら俺がいてもどうなるか解らない。導師さんの件もそうだ。親しい、そして立場も上だから遠慮しなきゃならんとか……色々あるかもしれないけどさ。そういうことばっかり考えてたら、生き残れない」
責めているわけではないのだが、若干厳しい言い方になってしまう。
旅慣れている俺に比べ、リノはまだ旅の実感がないのだろう。
導師を訪ねるといっても、グラオは見知った仲だ。
この街だって、初めてではないはずだ。
リノは少し出かけるだけ――自覚はしていないだろうけれど、そんな風に思っているところがある。
「遊びに行くんじゃないんだ。力が足りなければ、死ぬんだ。このままじゃ君は足手まといだ」
本気で死にかけたことは何度もある。
そして実際、死んだこともあった。
蘇生が間に合って何とか今も生きているが、駄目ならそれまでなのだ。
情けない話だが、初期の仕事はそんなことの連続だった。
今は本当に死ぬことはなくなったが、危険な状態に陥ったことは数え切れないほどある。
だからこその、苦言。
自分への戒めでもあるのだけど。
「私……」
「別に怒ってるわけじゃない。緊張感が必要ってだけで……ああもう、泣くなって」
参ったな。
リノはまだ十五だった。
俺とは違って、旅に出るまでは普通の女の子――そのことをすっかり忘れていた。
「まあ、その、ほら……依頼人を守るのも俺の仕事だからさ。な? 心構えってヤツだよ」
なだめればなだめるほど、リノはしゃくりあげて泣いてしまう。
この状況、往来だとかなり目立つ。
致し方なく、路地裏へリノを連れて行くことにした。
「普通の女の子」だったとはいえ、リノはこの世界の代表として俺と契約を結んでいる。
その時点でもう「普通の女の子」とは扱われない。
俺との契約者であり、旅のパートナーであり、一人前の戦士なのだ。
いや、戦士は言い過ぎかもしれないが……とにかく、相応の覚悟が必要とされる立場だ。
覚悟をするにはまだ幼いのかもしれない。
「……落ち着いたかい?」
泣き止んでは、俺の顔を見て泣き出す。
何度かそれを繰り返してようやく、リノは落ち着いた。
「ごめんなさい……」
「いや、いいさ。それよりも、何か防護アクセサリーを買っておこう。今の装備では少し頼りないところがある」
今だけは「普通の女の子」として扱ってやろう。
これから厳しい旅が続くのだから。