小説『職業:勇者』
作者:bard(Minstrelsy)

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 そういえばさぁ、とアクビ混じりにクロ吉が話しかけてくる。
 スモークジャーキーの包みは空っぽだった。
 異世界の土産だというのに、もう少しありがたく味わうべきだろう。
「で、何だよ」
「いつもの。まだ見てない」
「ああ、はいはい」
 俺はぐっと伸びをして、手のひらに意識を集中させる。
 手のひらが微かに熱を帯び、光の珠が生成される。
「muvoie sokia pelomtec」
 呪文を唱えると、光の珠に何かが映り始める。
「お、出た出た」
 クロ吉がテーブルの上に飛び乗り、興味深そうに覗き込む。
 そこに映し出されるのは、今し方救ってきた世界の光景だ。


 俺の様に世界を救う、俗に「勇者」と呼ばれる仕事人。
 その仕事人だけが持っている能力が「記憶再生」だ。
 反省会の資料になったり、次の旅までに課題を克服したり、色々な事に使われる。
 俺の場合は、こうやって土産話代わりにクロ吉に見せてやっている。
 色々話すより、見せた方が手っ取り早いのだ。


「おお、黒幕はでっかいドラゴンかー」
 クロ吉が歓声を上げる。
「バーカ。違うっての。もうちょっと見てろ」
 映像の中の俺は、先頭で剣を振るっている。
 血塗れで、治癒が間に合わない程に傷を負っている。
「お前死にそうじゃん」
「実際危なかったんだよ」
 回復魔法を必死で唱える魔術師を守りながら、ドラゴンへ攻撃を加える。
 そしてついに、俺の剣がドラゴンの鱗を刺し貫いた。
 断末魔。
 傷口から炎となり、ドラゴンが消滅していく。
「おおおぉぉー……おおお!?」
 クロ吉の尻尾がぴたりと止まる。
 仲間の一人が、いきなり背後から斬りかかってきたのだ。
「何だこれー! 裏切りかよー!」
「違うっての」
 そいつの目が、先程のドラゴンと同じ色をしている。
 憑依されたのだ。
「おおおー、取り憑かれてんのか」
 仲間を攻撃する事は出来ない。
 じりじりと追いつめられていく。
「どうすんの? どうなんの? こいつ死んじゃうの?」
「うるせぇ。黙って見てろ」
 辛うじて防いでいた攻撃が当たり始める。
 死を覚悟した時、剣が光を纏い始めた。
 仲間、もとい、ドラゴンがそれを見て怯え始める。
 王国に伝わる伝説の剣。
 それがドラゴンの血を浴びたことで、ドラゴンを滅する力を完全なものとしたのだ。
 慌てて仲間の身体から離れ、魂の状態で逃げようとするドラゴン。
 逃すものか。
 地を蹴り、剣を大きく薙ぐ。
 迸る光が逃げていくドラゴンの魂を包み込み、光へと変えていった。


「いやぁ、どうなる事かと思ったよ。もう帰ってこないんじゃないかと」
「俺は幽霊か」
「いいなぁ。オイラも旅してみたい」
「お前は邪魔しかしないだろ」
「冒険に可愛いマスコットは付きものだろ?」
「自分で可愛いって言うな」

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