丘を越えて口笛吹きつつなんてのんきな旅ではないのだが、のどかな風景が続いている。
世界の危機っていうと、大抵の場合は空が真っ暗で雷が鳴り響いていたり、川が淀んで人々は怯え暮らしていたりするものなのだが。
ここは、鳥がちいちい鳴いている。
風も穏やかだ。
木漏れ日は昼寝に最適だ。
時々襲ってくる魔物も、倒せば普通の獣に戻る。
本当に世界の危機なんだろうか。
ツストは賑やかな街だった。
導師が元に戻った後のサジメと変わらない、いや、むしろツストの方が賑やかだ。
街の規模のせいだろう。
ここは、商店の数も行き交う人の量も多い。
扱うものも、サジメよりも質の良いものがある。
まぁ、当然お値段もそれ相応なのだが。
「ほぅ……お主、その剣は……」
物陰からの声に振り向くと、辻占の老人がそこに居た。
身体を覆うローブに伸ばしたあごひげで、その表情はよく解らない。
どうしてこうも辻占はこんな雰囲気の連中ばかりなのか。
たまには可愛いお姉さんに声をかけて貰いたいのだが。
「この剣が、何か?」
老人の目がローブの隙間から覗く。
「お主……神の代理じゃな」
リノがはっと息を飲む。
「ほっほっほ。娘さんは教会巫女か」
辻占は総じて物知りだ。
大体が老人で年の功もあるし、様々な出来事を占いで知ることが出来る。
何か困ったことがあれば辻占に訊け。
勇者稼業での鉄則だ。
「そこの若造は、教会の近衛騎士ではあるが……外の者じゃな」
その言葉にぎくりとなる。
俺がこの世界の人間ではないと解るのか。
それとも、産まれてすぐに教会に預けられたことを言っているのか。
だが、老人はもうそれに触れることは無かった。
リノに目を向けている。
「お主らの旅は険しいものとなるじゃろう。特に、娘さんにとってはな」
「そんな……」
「神のお導きがある。必ずそれを乗り越えられよう」
そう言って、老人はローブを目深にかぶる。
そしてそれきり何も言わなかった。
眠ってしまったのかもしれない。
「行こう、リノ。ここの礼拝堂を訪ねてみよう。何か情報があるかもしれない」
動こうとしないリノの肩を抱き、俺達はその場を離れた。
ツストにあったのはサジメのような礼拝堂ではなく、割合大きな教会だった。
取り仕切っているのは助祭であるレフカダだった。
基本的に俺達の居たいわゆる総本山である教会――大教会と言うらしいが――以外は、全て助祭が取り仕切っているのだという。
よって、司祭はあのじいさん一人だけらしい。
あんまり偉い人には見えなかったのだが。
「司祭様から話は聞いています。お渡しする物もお話することもありますので、今夜はこちらでお休みください」
街に一つ教会施設があるならば、宿に泊まる必要は無いのかもしれない。
宿代が節約できそうだ、と喜んではいけないのだろう。
一応、神の代理なのだから。