小説『職業:勇者』
作者:bard(Minstrelsy)

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 レフカダの言う「言い伝え」。
 それは、この世界のしきたりにまつわる話だった。
「この世界に双子は存在していません。正しくは、存在しないことになっているんですけれど」
 からん、とグラスの氷が揺れる。
「というのも、ご存じの通り争っているのは双子の神々です。ですので、双子は争いの象徴……不吉な存在なのです」
 よくある話だ。
 王位の継承権で争う、てなパターンが多い。
 勿論友好的で協力的で力を合わせて苦難を乗り切る双子も少なくない。
「じゃあ、万一双子が産まれた場合はどうなるんです?」
 まさか殺されることは無いと思うのだが。
「産まれた子供を殺すことは許されないことです。ですので、産まれてすぐに双子は引き離され、遠く離れた地で育てられます。余程でなければ顔を合わすことは無いでしょうし、顔を合わせたとしても自分の兄弟姉妹だとは解らないでしょう」
 ぐい、とレフカダはグラスを空ける。
 俺はそこに酒を注いでやった。
 くるくると回りながら氷が溶けていく。
 ここからが本題なんですが、と彼は言う。
「聖断の刻の闘いは、神の代理も双子である……と言われています」
「双子って……」
「引き離されて育てられた双子が、双方の神の代理として選ばれて闘うと」
 争う神も双子ならば、選ばれる代理も双子ってことか。
 だとしたら、俺の双子の兄だか弟だかが相手になるわけか。
「あくまで言い伝えです。真相は解りませんが」
 俺はレフカダのグラスに酒を注ごうとボトルを持ち上げる。
 だが、残念ながらボトルは空だった。
「ただ、引き離された双子の片割れがどこへ行くかは知っています」
 レフカダは酒の代わりに水差しから水を注ぐ。
「片方は言うまでもなく両親に育てられますが、もう片方は教会に預けられることが多いのです」
 リノの視線が俺に向く。
「……“俺”の両親は産まれてすぐに事故で死んだんだ」
「そう、だったね」
「だから多分、違うと思う」
 レフカダは何も言わない。
 血の繋がらない両親。
 血の繋がらない、いるかどうかも解らない兄弟。
 だから多分、関係ない。
 けれども、兄弟と闘うなんて仕事は今までやったことがない。
 今までに行ったどの世界でも、相手は赤の他人や魔物ばかりだった。
 仲間の身内だということは、何度かあったけれど。
 対峙した時、俺はどんな気持ちになるのだろうか。
 この世界でセッティングされた、本当は存在しない「家族」に、俺は何を思うのだろうか。


「もう遅いですね。そろそろお休みください。寝室の準備は済んでいますので、そちらへどうぞ」
 レフカダに案内された寝室は、やっぱりというか何というか、リノと相部屋だった。
 多分これから先もずっと相部屋なんだろうと思う。
 珍しくはないし俺は慣れているのだが、リノは胸中複雑かもしれない。
 そういう目では見ないと言ってはいるものの、目の前に相手がいれば意識せざるを得ないだろう。
 こうなったら、多少はそういう扱いをするべきなのだろうか。
「アッシュ」
「どうした?」
 あまりよろしくないことを考えていたのがばれたのだろうか。
「さっきの、レフカダ様のお話……」
 ばれていないようで、とりあえず胸をなで下ろす。
「双子の話か」
「ええ。……その、アッシュは、本当は違う世界の人なので、兄弟がいた場合はどうなるのでしょうか」
「解らない。今まで、そんな事は無かったから」
「辻占のおじいさんが言っていた“旅は険しいもの”って、もしかしてこのことじゃないのかなって……そう、思って」
「そうかもしれない。だが、やるしかないだろう?」
 やらなければ、俺も帰ることが出来ない。
「それよりも、リノ。……当てはまるのは君かもしれない。辻占のじいさんは、特に娘さんにとっては、て言ってただろ? だから」
「いえ、覚悟は出来ています。それに……アッシュと、一緒ですから」
 俺を遮り、リノはそう言う。
 ほのかに、頬を染めながら。
「やりきるさ……必ず、この世界を救ってみせる」
 その姿に、記憶の面影を重ねながら、俺はそうリノに誓う。
 教会付きの近衛騎士として、そして、世界を救うことを義務づけられた「勇者」として。

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