小説『職業:勇者』
作者:bard(Minstrelsy)

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 街から一歩外に出ると、そこに広がっていたのは深い森だった。
 その森から頭一つ分高い何かが見える。
「あれは?」
「ダーム城です」
「ダーム?」
「神無き荒れ野のを囲むように三つの国があるんです。私達が住んでいるダーム、砂漠の国ザート、海に面した国マーレ」
 リノが地図を指し示しながら説明してくれる。
 よくよく地図を見てみると、他の国は細かく街が書かれているのに対し、神無き荒れ野はその地名が書かれているだけでほぼ真っ白だった。
 未開と言うよりは禁忌の地、なのだろう。
「神無き荒れ野は、どの国の領地でもないんです。立ち入りも堅く禁じられていますし」
 今から向かうミードで、立ち入りの許可を貰うのだという。
 森を抜けた先にあるのが次の街ミード、ダーム城はその向こうにあるだ。
 あの城はどんだけ高いんだ。
 見た感じ森は結構続いているし、手前に街もあるというのに。
「いえ、ミードは城下町です。ダーム城はミードにあるんです」
 ほら、と指し示された地図にも、よくよく見ればそう書いてある。
「これから行くミードとダーム城で、神無き荒れ野への立ち入り許可を頂かなければなりません」
「世界の危機なのに、随分と面倒なことだな」
「決まりですし……勝手に行けば捕まりますよ」
 勇者に対しても容赦なし。
 決まりは決まり、絶対だ。
「じゃ、その許可を貰いに行きますか……」
 面倒なことにならなければいいのだが。
 城は大体ロクなことにならない。
「どっかの導師サマみたく、王様が魔物になってなきゃいいんだがな」
 遠目で見た限りでは、城は何事もなく建っている。
 崩れる気配もない。
 あの城が無事なうちに、早いところ行くとしよう。


 森は結構深かった。
 とはいえ、この先は城下町だ。
 物資や旅人が行き来しているお陰で、森の中には道がある。
 だが、少しでも道を外れれば迷ってしまう。
 生い茂る木々に陽はさえぎられ、ひんやりとした空気が森を満たしている。
「……ん?」
 足下に点々と何かが落ちていた。
 拾い上げてあらためてみる。
「これは……」
 粉々に砕かれた武器の破片だった。
 赤茶けているのは、サビか、それとも――。
 聞き覚えのある咆吼が周囲を震わせる。
「……おいおい、マジかよ」
 剣を抜き、構える。
 薄く氷が張られるような嫌な感じ。
 結界だ。
「応戦したけど果たせずってことか? 無事だと良いんだが」
「そんな、まさか魔物に?」
「まだ解らな……リノ! 後ろ!」
 土ぼこりと共に木が倒れてくる。
 森に潜んでいた魔物が木をなぎ倒したのだ。
「あっ……」
 咄嗟のことにリノは動けない。
「――ったく!」
 リノに向かって走り、手を伸ばす。
 間に合うか。
 木と彼女の間に身体をねじ込む。
 肩に鈍い一撃。
「アッシュ!」
 痛みに肩を押さえてうずくまる。
 甲冑のお陰で血は出ていないが、ひどく痛む。
 だが、若干支障は出るが戦えないわけではない。
「今、治癒を……」
「後だ! まず魔物を倒す!」
 治癒の支援術は発動までに時間がかかる。
 魔物が待ってくれるとは思えない。
「片腕使えりゃ充分だっての!」

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