なぎ倒された木の陰から出て来たのは、今までの魔物よりも一回り……いや、二回りは大きい奴だった。
リノの治癒を断ったことを今更ながら後悔。
普通の剣なら持つことすらままならなかっただろう。
一歩踏み出すたびに激痛が走る。
「あと……少し!」
魔物も弱ってきている。
それが一瞬の隙を生んでしまった。
巨木のような腕が視界に入ったその瞬間、俺の身体は十メートルくらい吹っ飛ばされていた。
遅れて痛みがやってくる。
「くっそ……」
体勢は完全に崩れている。
防御も攻撃も出来ない。
無防備な腹に一撃でも喰らったら、甲冑越しでもタダではすまない。
魔物が、それを逃すはずもない。
鋭い爪を突き立てようと、そいつは腕を振り上げる。
「アッシュ!」
リノの悲鳴が聞こえる。
それと同時に、目の前を光の壁が覆う。
魔物の爪はそれに弾かれて俺まで届かない。
振り下ろした勢いをそのまま跳ね返され、今度は魔物が体勢を崩した。
今しかない。
痛む身体を奮い立たせ、剣を突き出す。
手応え、アリ。
それでも魔物は俺に一撃浴びせようと腕を伸ばす。
だが、果たせない。
腕から力が抜け、だらりと下がる。
じわじわと魔物の身体から黒い霧が立ち上った。
弱く一声。
目から光が無くなった。
そしてそのまま、溶けるように消えてしまった。
いつもだったら、取り憑かれていた獣が残るはずなのだが。
今回は何も残っていない。
分身が寄り集まって出来た魔物なのだろうか。
「だ、大丈夫ですか?」
リノが慌てて駆け寄ってくる。
そういえば、魔物の一撃を防いだ光の壁は何だったのだろう。
「さっきのは君が?」
「そう……だと、思います。解りません、夢中で……アッシュを助けないとって」
ピンチで何かが目覚める、というお約束。
「ありがとう。助かった」
身を起こそうとして、激痛に顔が歪む。
「今すぐ治癒します!」
リノが目を閉じる。
ふわりとした光が身体を包み、痛みを癒していく。
「あっ……」
リノが俺にもたれかかる。
慣れない術――多分バリアだろう――を使い、治癒もやったのだ。
そして、戦闘の緊張もあった。
「ごめんなさい」
離れようとするが、足がふらついている。
「構わない。回復するまで動かない方がいい」
でも、とリノが顔を上げる。
彼女を覗き込む俺と、目が合う。
瞳の中の俺とも、目が合う。
紅潮する頬も、跳ね上がっている鼓動も、薄く開いた唇も、すぐ近くにある。
「……アッシュ」
リノが目を伏せる。
「動けるようになったらすぐに出発だ。今はあまり人も通らない……夜動くのは危険だからな」
俺はそんなリノから身体を離す。
少し残念そうに見えたが、見なかったことにする。