小説『職業:勇者』
作者:bard(Minstrelsy)

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 傍目から見れば、良い雰囲気を台無しにしたとも取れるだろう。
 リノ自身もそう思ったかもしれない。
 俺としては、可能な限りそういう雰囲気は避けたいところなのだ。
 一つは、リノのためだ。
 リノはまだ若い。
 いや、幼いと言っても良い。
 恋に恋したい年頃だ、甘い雰囲気に対する憧れもあるだろう。
 だが、それを俺に期待したところで、俺とは必ず別れることになる。
 リノを守る事も、そばにいてやる事も出来ない。
 遠くから見守る事すら、不可能だ。
 だったら最初からそんな雰囲気は無い方が良い。
 意図的に避けていれば、それ以上の期待を抱かせなくて済む。
 もう一つは、俺自身のためだ。
 リノは、俺にとって依頼人に当たる。
 言ってしまえばビジネスの関係、個人的な感情を持ちすぎるのは好ましくない。
 俺と同じ仕事人の何人かは、依頼人もしくはその世界の人間と深い仲になり、そのまま引退してしまった。
 一時期俺も危うかったが、察知した師匠に鉄の拳で説教を受けてそうならずに済んだ。
 仕事人が引退するのは、死ぬ時だけ。
 生きている限り、仕事人であり続けなければならない。
 全員に共通する鉄の掟だ。
 逆らえばどうなるのか。
 命を絶たれるとか行った先の世界ごと滅ぼされるとか、仲間達の間でも時々話題になるのだが、詳しい事は全く解らない。
 実際はその世界の住人として生きていく事になるのだろうが、真相が解らない以上下手な行動は取れない。
 引退した連中がどうなったのか、それを知る術はない。
 住み家もゲートも抹消され、彼らが居た痕跡は残らず消し去られてしまうのだ。
 残るのは、仲間達の記憶だけだ。
 回避できるものは回避しなければならない。
「でもなぁ……」
 疲れて眠ってしまったリノを見る。
 大した戦闘は無かったとはいえ、一日歩きづめだった。
 慣れない術も発動させたのだ。
 体力も限界だっただろう。
 細く頼りない指先は、俺の手を掴んだままだった。
「良い娘、なんだけどな」
 起こさないように、そっと手を離す。
 そして彼女に背を向けた。


 夜鳥の歌が聞こえる。
 メスを求めて歌う、甘く切ない恋の歌だ。
 羨ましいと思う。
 一度で良いから、普通に恋をしてみたい。
 恋をして、誰かを愛して……そして、俺の子供が欲しい、と思う。
 今の仕事は自分で望んだものだ。
 普通じゃなくなる事も承知した上で、俺は仕事人になったのだ。
 誰も好きにならないと思っていたし、そうなっても平気でいられると思っていた。
 あの人に会うまでは。
 随分と昔の話なのに、思い出してはいけないと解っているのに。
 あの人は、幸せな人生を送れただろうか。
 俺の事を覚えてくれているだろうか。
 夜鳥の歌が止まった。
 諦めたのか、それとも伴侶が見付かったのか――。


 そういえば、とふと疑問に思う。
 仕事人同士で結婚した人はいるのだろうか。
 当然ながら、仕事人は男だけじゃない。
 男女が出会えば、愛が芽生える事もあるだろう。
 俺には無いというだけで。
 モテない訳ではない、と俺の名誉のために弁解しておく。
 出会う相手と俺の好みが一致しないだけの話だ。
 ――ともかく、もし結婚した人がいるならば、子供をもうけている可能性も有る。
 育児休暇みたいなものは貰えるのだろうか。
 それとも、子供を作った時点で引退になるのだろうか。
 いやしかし、鉄の掟は子供の事には触れていないし、やっぱり仕事を続けなきゃならないのだろう。
 依頼人や行った先での恋愛は基本的には御法度だが、仕事人同士に関しては何も言われていない。
 別の掟が有るとは思うのだが。
 あれか。
 独り身には関係ないから教えて貰っていないだけか。
 確か師匠も独り身だ。
 恋愛なんて関係ない! と言い切った人だ。
 背中が泣いていたような気がしないでもない。
 まあ、居なくても別段困らないのだが……仕事の無い時期にクロ吉だけを相手にしているというのも、何だか空しいものがある。
 あいつ、お隣さんに迷惑をかけていないだろうか。


 ……余計な事を考えすぎて、目が冴えてしまった。
 身体を休めなければ明日に響く。
 何気なく寝返りを打ち、息が止まりそうになった。
 離れて寝ていたはずのリノが、すぐ近くに居たのだ。
 もう一度寝返りを打とうにも、身体をぶつけそうなくらいに近い。
 ……目を閉じてしまえば関係ない。
 眠りに落ちる前に柔らかいものが触れた気がするが、気に留めないようにした。

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