【第三章:御法度】
結局、森を抜けるまであの魔物に出会う事は無かった。
獣や人に取り付けずに行き場を無くした分身が寄り集まったのだろう、という事で納得しておく。
見付けたらその時に倒せばいい訳だし。
思わせぶりに散らばっていた武器の破片の持ち主にも会わなかった。
多分、逃げたんだろう。
散らばっていたのが持ち主じゃなくて良かった、と思う事にする。
「城下町までどのくらい?」
「森を抜ければすぐです」
リノは何となくよそよそしい。
無理矢理意識をしないようにしている、そんな感じだ。
思うところがあるのだろう。
俺が寝ている間に何があったのか、何を思ったのか、聞くつもりもない。
俺の仕事は、世界を救う事。
ただの仕事人だ。
出口に近付くにつれて木は少なくなり明るくなってきた。
薄暗さに慣れた目には少し眩しいくらいだ。
腰の剣に手をやる。
出口で待ち伏せされる事は多い。
用心するに越したことはないのだ。
リノも察したのか、杖を握り締め慎重に歩を進める。
「……ちっ」
やっぱり居やがった。
見覚えのある黒い影。
森で襲ってきた魔物だった。
しかも、ただでさえ大きな体躯が更に大きく厳つくなっている。
どこでパワーアップしてきたのか。
まだ取り憑いていない分身を更に取り込んだとでも言うのか。
「正面からまともにやり合っちゃ勝てない……」
こういう相手には、弓か魔法で牽制しつつ、隙を見て懐に飛び込むのが定石だ。
だが、生憎どちらも居ない。
「……石でも投げろってか」
「私が囮をやります!」
リノの言葉に耳を疑う。
「正気か? 避けられなければやられるだけだぞ!」
「大丈夫だと、思います。その……あまり上手に出来ないので、今までは使っていませんでしたが」
リノが杖を振るうと、手のひらくらいの光球が三つ飛び出した。
「攻撃は出来ませんけれど、気を逸らすだけならば」
光球が魔物の周りを飛び回る。
近付いては離れ、触れそうで触れない距離を保ちながら漂う。
最初は気にしない素振りを見せていたが、次第にいらいらしてきたのか、魔物が光球を追い始めた。
「今です!」
「解っているッ!」
死角に回り込み、剣を薙ぐ。
手応えはある。
だが、桁違いの防御力に大したダメージは与えられなかった。
急所らしきものも見付けられない。
光球を操るのに精一杯のリノ。
支援術を頼むのは無理だ。
「何か無いか……方法は……ッ!?」
魔物の意識が、光球から俺へ。
咄嗟に防御姿勢を取る。
だが、攻撃が俺に届く事は無かった。
魔物の肩に何かが刺さっている。
「矢? 一体誰が?」
「間に合って良かったですよ」
援軍の声に、俺は少しげんなりとなる。
まあ、手も足も出ない状態では、彼らは確かに心強いのだが……。
「お手伝いに来ましたよ、二人とも」
来てくれたのは、導師グラオと見習い巫女のフォリ。
戦力としては歓迎できるが、仲間としてはどうにも折り合いの悪い二人だった。
いや、折り合いが悪いと感じたのはサジメの時だけであって、状況が変わった今は――。
「大丈夫ですか? リノ、無理しないで下さいね」
……相変わらずだった。
フォリが術を発動し、魔物を拘束する。
彼女の術は攻撃系なのだろう。
リノが使うのは完全な支援術で、魔物に対して術を発動する事は出来ない。
グラオが矢をつがえ、魔物に放つ。
矢は次々と魔物に突き刺さる。
それでも。
「やはり、私では駄目なのか……」
諦めと悔しさの混じったグラオの声。
足止めにはなっても、グラオの攻撃は決定打にならない。
俺は何も言わずに、魔物へと斬りかかる。
響き渡る断末魔。
神の力が無ければ魔物は倒せない。
そして彼は、選ばれなかった。
「お見事でしたよ、アッシュ」
その現実を突き付けられたグラオの顔は、酷く歪んでいた。
「いえ、導師のお力添えがなければ倒せませんでした」
俺は彼を見ずに、消えていく魔物を見つめながらそう応えた。