小説『職業:勇者』
作者:bard(Minstrelsy)

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 得体の知れぬ恐ろしさを感じながらも、俺は街の探索を続ける。
 過去に何やら事情があるメンバーと組んだこともあるが、それとはまた違う。
 隠しているのとは違う。
 底なし沼の淵に居るような、そんな雰囲気。
 何も見えない。
 底も、濁った水の中も。
 それが打ち解けていないせいなのかは解らない。
 フォリはそんな俺の後を大人しくついてくる。
 二人が消えた直後に感じたものは、今は影を潜めている。
 一時の気の迷い――動揺したせいだ、と無理矢理自分を納得させた。
 実際、あれ以来フォリは俺に近づいてこない。
 その表情からは何も解らない。
 何を考えているのか解らない。
 それが俺の感じる恐ろしさの正体なのかもしれない。
 フォリが依頼人だとしたら、俺はこの世界を救おうと思っただろうか。
 ――もう考えるのはやめよう。
 今はリノ達を探さなければ。


 街は静まりかえっている。
 生き物は勿論、魔物すら出てこない。
 そして、街から出る事も出来ない。
 外に通じるあらゆる場所が、紋章で封印されているのだ。
 形はリノ達が捕まったのと同じだが、色は違う。
 試しに触れてみたが、弾かれるだけでどこかに飛ばされる事はなかった。
「参ったな……」
 間違いなくこの紋章がキーだとは思うのだが、どうしていいのか見当もつかない。
「あの」
「ん?」
「壊してみるのは、どうでしょうか」
 フォリがおずおずと口を開く。
 その手があったか。
 封じられているなら力任せでぶち破るのは、何度か経験済みだった。
 俺としたことが、言われるまで気づかないとは。
「何があるか解らない。下がってて」
 剣を抜き、紋章に突き立てる。
 硬質な音。
 弾かれはしなかった。
「……何だ、これは」
 突き刺した所から流れ落ちているのは、血のように赤い光。
 引き抜いた剣にもまとわりついている。
 指先で触れてみるが、何の感触も無い。
「血、じゃないのか」
 装置を壊したら血が出てくるとか、一体何のホラーだ。
 そもそもホラーは俺の専門じゃないから、そんな展開にされても困るんだが。
 俺が余計な事を考えている間にも、その紋章からは赤い光が流れ落ちている。
「何か、こう、殺したみたいで嫌なんだけどさ」
 幾ら無機物とはいえ、何だか痛々しい。
 しかも、これで正しいのかどうかさえ解らない。
 だらだらと流れる光も収まらないし、それ以外の変化もない。
「仕方ない。一通りやってみるか」
 紋章は他にもある。
 全部やって何も変わらなかったら、その時考えるしかないだろう。

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