「……でやっ!」
気合を入れて紋章を斬りつける。
妙な所に据え付けられていたり、解りづらい所に有ったりして探すのに手間取ったが、恐らくこれが最後のはずだ。
噴き出す赤い光。
一際激しく溢れ出すそれに、一瞬怯んでしまった。
「ああぁっ」
悲鳴を上げたのは俺――ではなく、フォリ。
「どうし……何だ!」
駆け寄ろうとした俺の目の前で、フォリの姿が異様なものへと変わっていく。
黒い影にフォリの華奢な身体は飲み込まれ、消えてしまった。
「……何てこった」
多分、この街に入った時からおかしかったのだろう。
街そのものが、俺達に仕掛けられていた罠。
フォリの得体の知れぬ雰囲気は、彼女に入り込んだ魔物のせいだったのだろう。
グラオはともかく、リノが心配だ。
手早く片付けてフォリを正気に戻し、捜索を再開しなければ。
「手加減無しだ! 最初から全力でやらせて貰う!」
剣を抜いた勢いで袈裟懸けに斬る。
「きゃぁあ!」
「なっ……」
魔物の悲鳴。
その声はフォリのものだった。
「そんな……あの導師の時は……」
今までもそうだ。
取り憑かれたものの悲鳴が聞こえた事は無かった。
剣を握り直し、魔物と向かい合う。
が。
「くそっ……」
好機だと解っているのに攻撃出来ない。
この剣が魔物だけを消滅させると理解していても、あの悲鳴に二の足を踏んでしまう。
魔物が彼女の声を借りているのならばまだ良い。
魔物の痛みが彼女にも伝わっているのならば、容易く攻撃は出来ない。
強烈な痛みでショック死――そんな最悪の結果が脳裏をよぎる。
「! しまった!」
頭上に振り下ろされる腕。
避ける余裕は無かった。
剣を盾代わりにして耐える。
「いや……ああっ……」
刃がその腕に食い込んで、フォリが苦悶の声を上げる。
だが、その声とは裏腹に魔物は全く怯まない。
俺を嘲笑うかの様に、一層腕に体重をかけてのしかかってくる。
「う……く……」
噛み締めた歯の隙間から呻き声が漏れる。
鋭い爪はもう目の前だ。
畜生、俺はここまでなのか。
世界を救う仕事人、勇者とか呼ばれている癖に、こんなものなのか。
「舐めんじゃ、ねぇぇええええ!」
俺の声に呼応して、鎧が光を放つ。
その閃光に目が眩んだのか、魔物はのしかかる勢いのままバランスを崩した。
「これは……」
光を放ったのは胸当て。
グラオから受け取ったプレートの柄だ。
解らない、と言ったグラオは不自然に笑っていたが、まさかこの事だったのだろうか。
「ううううぅぅぅ」
己の声とフォリの声が混じった呻き声を上げる魔物。
早く彼女を解放しなければ。
「アッシュ!」
背後から二人分の足音。
「リノ! 導師!」
「アッシュ、フォリは何処に?」
矢をつがえながらグラオが問う。
「導師と同じです。あの魔物に……」
「何という事だ」
自分の失態を思い出したのか、グラオの顔が曇る。
「ですが、フォリを戻すためには!」
グラオが矢をつがえる。
「導師、駄目です! 攻撃を加えたら……」
「きゃあああああ!」
遅かった。
響き渡るフォリの悲鳴に、グラオは酷く動揺している。
「そんな……」
こうなってしまえば、グラオは攻撃出来ないんだろう。
そして俺も躊躇っている。
「私が……私が、何とかしてみます」
リノが一歩前に出て、杖を掲げる。
「行けるのか、リノ」
「解りません。でも、やらないと、フォリも助からない!」
「解った。俺はリノを守る」
剣を構え、俺は魔物の注意を引き付ける。