リノが小声で呪文を唱え始める。
それに呼応して杖の先がほのかに光り出す。
魔物がそれに反応した。
余程マズいのか、執拗にリノを狙い始める。
「こっちだ! そうは問屋が卸さない、て事だよ」
フォリの悲鳴を聞かない様に意識を逸らし、挑発する様に剣をかざす。
剣に光が宿る。
陽の光とは違う。
剣の内から光っている様だ。
「リノ、なのか?」
その光が細い鎖を作り始める。
「これは……そうか、動きを止められれば!」
剣の軌跡がそのまま戒めとなり、魔物を縛り付けていく。
少女の悲鳴と魔物の咆哮が入り交じる。
「アッシュ、離れて!」
リノの声と共に剣の先から鎖が切れた。
だが魔物の戒めはそのまま残る。
逃れようと暴れるが、更に鎖が食い込んでいく。
「神の名の下に……浄化をッ」
リノの気合と共に杖の先から光の矢が飛び、魔物へと突き刺さる。
「うあぁぁぁぁぁああああッ」
鋭い悲鳴を上げて魔物が崩れ落ちる。
その背後に倒れているのは、フォリだ。
あの矢が当たった時に魔物から弾き飛ばされたのだろう。
気絶しているが怪我はしていない。
ヨリシロとなったフォリが抜け落ちても、魔物はまだその姿を保ったままだ。
「人質が居なくなれば、こっちのものだな」
倒れ落ちた魔物の脳天めがけて剣を突き刺す。
手応え有り。
「人質を取った方が負けるって、相場が決まってんだよ」
断末魔の吠声。
光の鎖が魔物と共に砕け、細かな光の粒を撒き散らした。
私は何を、と目覚めたフォリは呆然とした顔をしていた。
「何処から覚えていないんだ?」
「えっ……その……導師様と街を出た事は覚えているのですが……そこから先は、よく……」
「そんなにも前からか」
グラオが苦い顔をする。
多分、気付けなかった自分が悔しいのだろう。
「痛みは無いか?」
俺はフォリに手を差し伸べながら聞く。
彼女は一瞬戸惑った様だが、そっと俺の手を掴む。
少し前まで魔物だったとは思えない程に、細く頼りない身体。
「怪我は、してないですから」
頬を染めてうつむくフォリ。
俺の手を名残惜しそうに離す。
多分、こういう事には慣れていないのだろう。
グラオにこういった真似事が出来るとも思えないし。
「とにかく、無事で良かった」
そのグラオが口を開く。
「街が元通りになったら、ここで少し情報を集めよう」
「先生、でしたっけ」
「そうだ。魔物の事に関しても何か解るかもしれない」
取り憑かれていた本人は何も解っていないのかよ、と心の中で突っ込む。
その突っ込みとほぼ同じタイミングで、ざわざわとした喧騒が聞こえてくる。
「街が……」
リノが驚きの声を上げる。
今まで何もなかったのが嘘の様に、街に活気が戻っている。
強力な結界で隔てられていたのだろう。
囚われたのは俺達か街の方か、それは解らない。
だが。
「……悪神とはいえ、神か。ただ者じゃないな」
そんな事を軽くやってのける奴を相手にしなければならないとは。
「面白くなってきたな」
そういう奴じゃなければ、俺の相手は務まらない。