小説『職業:勇者』
作者:bard(Minstrelsy)

しおりをはさむ/はずす ここまでで読み終える << 前のページへ 次のページへ >>

 夢に見るのは、一番最初の冒険。
 今でこそ余裕タップリで臨めるのだが、当時の俺は生まれたての雛より頼りなかった。
 薬草を煎じずぞのまま食べようとした。
 煎じて煮出して飲むなんて、想像すらしなかった。
 地図を貰ったはいいが、逆さまに眺めていた。
 アイテムを貰ったはいいが、貴重すぎて最後まで使えなかった。
 一番最初に手に入れた武器を、使いもしないのに最後まで持っていた。
 最後の敵と戦う手前で、回復アイテムが底をついた。
 ……ああ、夢を見ているはずなのに、段々と気が滅入ってきた。
 当時、クロ吉に散々馬鹿にされたんだっけ。
 今もどことなく俺を軽く見ているのは、きっとこの事があったからだろう。
 俺も随分と成長しているはずなのだが。
 でも、今の俺があるのは、この時一緒に戦った仲間が居たからだと思う。
 この冒険が無ければ、今の俺は存在していない。
 特定の何かに思い入れを持たない主義だが、これだけは違う。
 あの時の仲間は、元気にしてるだろうか。
 連絡を取りたいのは山々だが、俺から相手への連絡手段はない。
 山ほど便りは届くのに、俺からは一切返事が出せない。
 職業上の制約、という奴だ。
 ……多分、一番最初の勇者は人付き合いが苦手だったのだろう。
 それが慣習となり、いつしか制約になったのだと、俺は勝手に思っている。
 何でも屋、勇者。
 実は色々と制約があるなんて、誰も知らないだろう。
 ……ああ、夢を見ているはずなのに、段々と憂鬱になってきた。
 寝ている間くらい楽しい夢を見せてくれればいいのに、と自分に文句を言う。
 耳元で、誰かがわめいている様な声が聞こえる。
 文句を言われた俺が怒っているのかもしれない、とぼんやりと思った。


「起きろー。起ーきーろー。起ーきーやーがーれー」
 わめいているのはもう一人の俺なんかではなく、クロ吉だった。
「何だよぅ。メシか?」
「そうだよ、メシ。腹減った。……じゃなくって、いや、それもあるんだけどさ」
「何だよ」
 ベッドから身体を起こす。
 クロ吉がわめいている理由はすぐに解った。
 ドアの外、風が吹いている。
 穏やかな風。
 しかし、どことなく緊張を帯びた空気。
「……やれやれ」
 帰ってきたばかりだというのに。
 髪を整え、最低限の身繕いをする。
「入りな。鍵はかかってない」
 俺の声が聞こえたのだろう。
 一陣の風と共に、客人が姿を表した。
 それはすなわち、俺の休暇が終わったことを意味していた。

-4-
Copyright ©bard All Rights Reserved 
<< 前のページへ 次のページへ >> ここまでで読み終える