【第一章:契約成立】
入ってきたのは、年の頃が十四、五の少女だった。
服装から察するに、いわゆる「神」に仕えている人間らしい。
慣れない場所に居るせいか、緊張しているようだ。
いや、怯えていると言った方が良いのか。
「あの……」
「座れば?」
どういうことを聞いて来たのかは知らないが、少なくとも彼女の想像通りの人間ではなかったらしい。
俺に向けられている視線に、疑念が混じり始めた。
「あなたが、その、世界を救うって言う……」
「そうだけど。らしくない?」
「その……」
緊張しないようになるべく軽く話しかけたのだが、どうやら逆効果だった。
「とりあえず、名前を聞こう」
俺のイメージが致命的に悪くなる前に話を進める。
「わ、私は……リノ。リノ、と言います」
「リノ、ね」
「私達の世界が危ないから、あなたに救いを求めるように、司祭様から……」
司祭様、か。
神に仕えているという俺の推測は間違っていなかった。
「……解った。状況を知りたい。詳しい話を聞かせてくれないか」
ポットから茶を注ぎ、少女……リノに進める。
暖かい茶が緊張をほぐしたのか、リノは少しずつ話し始めた。
事の発端は数千年前。
善の神と悪の神が同時に目覚め、世界を滅ぼす手前まで争ったらしい。
元々双子だったという神同士の闘いは、それこそ互角だった。
どちらが勝つことも負けることもなく、不毛な争いが延々と続いた。
大地は荒れ果て、海は澱み、空は厚い雲で覆われた。
このままでは全ての生き物が絶えてしまう。
それは双方にとって都合の悪いことだったのだろう。
双子の神は、休戦をすることにしたのだ。
そして、ある一つの取り決めをしたのだという。
「取り決め?」
「はい。闘いの再開と、そのルールを決めたんです」
ルール。
それは、次に闘う時は「自分の代理が闘う」こと。
自分自身が闘えば、また同じようなことになる。
だから、人の内から己の代理を立て、それの勝敗で決着を付けよう、と。
「で、その代理を……」
「あなたに、お願いしたいのです」
要するに、善の神が俺を指名したらしい。
何故自分の世界から代理を選ばなかったのか、激しく疑問に思う。
「人」の内からって、それは自分の世界の「人」のことではないのかと。
俺を指名するに至った経緯を詳しく問い詰めたい気分だ。
「ついでに聞くけどさ」
「はい?」
「悪の神が勝ったらどうなるの?」
「言い伝えによれば、死の世界に変わるのだ、と」
ゾンビが徘徊する世界は、確かに御免被りたい。
と同時に、双方の神が生き物の滅びを回避した理由が何となく解った。
「生き物が居なくなれば、支配する相手なんか居ねえからなぁ……」
生きとし生けるものが居てこその、善の神。
悪の神だって、従ってくれる相手が居なけりゃ、支配し甲斐無い。
似たもの同士と感じるのは、善と悪が双子だからなのかもしれない。