小説『職業:勇者』
作者:bard(Minstrelsy)

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 リノが頷くのを確認して、そのシビアで細かい話を始める。
「まずは、報酬。とりあえず、今の段階では何も貰わない。契約金とかってのは必要ない」
「え、良いんですか?」
 色々な世界に共通するのだが、いわゆる傭兵の場合、契約金が必要になる。
 前払いで幾ら、後は出来高。
 リノも俺を傭兵と同じだと思っているらしい。
「……貰ったって、君の世界以外では使えない。だから、そういうのは要らないんだ」
 珍しいコインは数枚あれば十分、て訳だ。
「君の世界で仕事するのに必要な金は、まぁ、戦ったり、向こうの仕事をしたりすれば良い。そこで稼いだのは 俺が使う。武器とか防具とか必要だしね」
「ご自分のは?」
「無い。全部現地調達なんだ」
 これもある種の、制約。
 最強の武器とか防具は、作ろうと思えば作れるはずだ。
 技術はある。
 材料も、あちこちの世界を渡り歩いていれば色々手に入る。
 けれど、作れないし、使えない。
 下手すれば、相手の世界を破壊しかねないからだ。
 因果律がどうとか、規律がどうとか、とにかくそういうのを駄目にしてしまうからだそうだ。
 だから、現地調達。
「その調達過程で俺の所有になったものは、そのまま俺のものとして扱うよ」
「ええと……それは普通、でしょう?」
「普通のものなら良いだろうけど、例えば……そうだな。君の司祭さんが持ってるお宝が、どうしても必要になった場合。それが俺のものになったら、そのままずっと俺のもの。返す約束をしてれば話は別だけど」
 俺、つまり仕事人としての勇者に所有権が移ったものは、その世界には必要の無くなったものと見なされるらしい。
 魔王の城を攻略する鍵が、平和になった世界に必要か。
 悪魔にしか通用しない剣が、悪魔を倒した後も必要か。
 そういう理屈、らしい。
「司祭様もその点は承知されていると思います。構いません」
 リノが物わかりの良い娘で良かった。
「それじゃ、最後の話」
「はい」
「俺は何と名乗ればいい? それと、どういう扱いになるんだ?」
「名前? それは、あなたの名前……」
「駄目だ。俺には君の世界で名乗る名前が必要なんだ」
 契約の、最大の山場。
 名前を決められたら、俺にも依頼人にも変更が出来ない。
 稀に変更も出来るのだが、往々にしてずっとその名前で通すことになる。
 依頼人のセンスが悪ければ、推して知るべし。
 名前次第で俺のモチベーションも随分違う。
 リノはしばらく考え込んだ後、口を開いた。
「アッシュ……アッシュ、と」
「解った。アッシュだね」
「扱いは、教会付きの近衛騎士、です。司祭様が伝説の騎士に助けを…と仰っていましたので」
「近衛騎士ね。なら、俺の武器は剣か」
 妥当なところだ。
 近衛騎士っていう響きも格好いい。
 悪くない。
「これで契約は終わり。疑問とか何もなければ、あと俺で良ければ、鍵を渡して」
 広げた手のひらに、リノが鍵を差し出した。


「medi et an」
 光が強くなる。
「turifin ishtoal」
 息を吐き、目を閉じる。
 鍵は俺の手の中で、また形を変えていた。
 文字の書かれた、薄いプレート。
「契約完了だ」
 そう言うと、リノは小さく息をついた。
 上手く行くか心配していたらしい。
「さて、準備をしないとな。……ああ、君はそこでのんびりしてて良いから」
 基本は現地調達とはいえ、必要最低限の装備は必要だ。
 いつもの旅装に着替える。
 それ以外は何もない。
 壁に立て掛けた剣が恨めしい。
 旅に出る前に、これが使えれば、と何度思ったか。
「それじゃ、クロ吉」
「おう」
「留守番頼むよ。あと、お隣さんにもよろしく言っといて」
「解った。気を付けてなー」
 口を利いたクロ吉に驚いたのか、リノが目を丸くしていた。
 ああ、そう言えば、契約中は黙っていたんだっけ。
「行こう、リノ。君の世界へ」
 あんまり聞かれるのも面倒なので、さっさとリノを連れ出す。
 家を出る前に振り返る。
 クロ吉はベッドの上で丸くなって寝ていた。
 ついさっき話したばかりだというのに、薄情な奴だ。

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