家を出るなり、リノは怪訝な顔で周囲を見回している。
「どうした?」
「え……さっきお隣さんって……」
周囲はのどかな風景。
見る限り、俺の家以外に何もない。
「ま、お隣さんはすぐ近くとは限らないからな」
数日かかる距離でも、お隣さんはお隣さん。
実際はそれ程かからない、むしろ呼んだらすぐに来られる距離なのだ。
ただ単純に、リノには解らない方法で行き来しているというだけだ。
「そういうもの、ですか……」
勇者は謎が多い。
その一言で片付けて貰うしかない。
勇者たるもの、常にミステリアスであれ。
提唱者、俺。
何もかも開けっぴろげよりは、その方が行動しやすいのだ。
変に興味を持たれて、勇者になりたいとか言われても困る。
弟子は取らない主義だ。
ていうか取れない。
師匠曰く「お前はまだまだまだまだ未熟者だ!」。
もうそろそろ、許可が下りても良い頃だと思うのだが。
「あの」
「何?」
「これから、何処へ?」
「何処って……君の世界へ」
「どうやって?」
「ゲートを開けて貰うのさ。そこから、君の世界へ向かう」
代わり映えのしない穏やかな風景。
家もない。
人っ子一人見当たらない。
リノは俺の家に来る前に、この光景を見てどう思っただろう。
多分、不安に思ったはずだ。
本当に勇者などいるのだろうか、と。
「もう見えてくる。……ほら、あれだ。来る時に通ってきただろう?」
俺の指差す向こう、ぽつんと小屋が建っている。
そこに、一人の子供が腰掛けていた。
「あ。さっきの子だね」
子供は、リノを見てにこりと微笑んだ。
「元気そうだな。おやっさんは?」
「今日は別んとこ」
「じーさんは?」
「さっき休んだとこ。僕じゃ不安だっていうの?」
俺の質問に、子供が口を尖らせる。
「大体出掛けるときはじーさんかおやっさんだし。それでなくともベテランだし。お前、一人で出来たっけ?」
「出来るよ! だからこうやって居るんじゃないかー!」
生意気な子供の名前はキイトと言う。
世界を繋ぐゲートを守る見張り番だ。
こいつのことはおやっさんやじーさんから聞いて知っていたが、実際担当になったのは初めてだ。
俺にとっては駆け出しのヒヨッコの新米だ。
ゲートを守ると言っても、別に敵が攻めてくることはない。
戦う守護者ではなく、案内人の役目に近い。
リノのように助けを求める依頼者を適切な仕事人の元に案内したり、仕事人を依頼人の世界へ送り届けたりするのが仕事だ。
つまり、何処かの世界へ行くには、この見張り番にゲートを開けて貰わねばならない。
世界を自由に行き来出来ないのはこのためだ。
仕事以外での世界の行き来を、見張り番は固く禁じているのだ。
本来その世界に居ない人間が頻繁に出入りするのはやはり問題がある、という話なのだろう。
「ところでさー」
「何だよ」
「じーちゃんから聞いたけどさ、ちょっと前に帰ってきたばっかじゃない?」
「依頼人連れてきたお前が言うセリフかよ!」
「だってー、ここに来たら案内するしか無いだろー!」
仕事人は、一人一人専用のゲートを持つ。
俺の使うゲートはここだけだ。
だから、ここに来た依頼人は必ず俺に依頼することになる。
「ま、しょうがねえよな」
ちなみに見張り番は色々なゲートを持ち回りで担当している。
休みが終わったら、帰ってきたときに居たじーさんは別のゲートを守ることになる。
次はいつ逢えることやら。
「それで……この子のとこに送れば良いんだね?」
ようやく仕事を思い出したのか、キイトは俺にそう訊ねてくる。
「ああ、そうだ」
「ゲートパスは?」
「ある。これだ」
俺はキイトにプレートを差し出す。
あの、リノの鍵が変じたプレートだ。