「研究の調子はどう?」
「それは・・・ぼちぼち、かな。」
「ぼちぼちぃ??」
少し困ったように、(またそれ?) といった感じで由梨はにやけた目つきで僕を見てきた。
「まぁ、なにも問題がないのならいいけど・・・・。」
由梨はいつものようにその先を問いただしたりしなかった。
そう聞かれると、いつも僕はあいまいな返答しかしない。彼女からのこの質問はとても久しぶりだった。
こうやっていつも人に気を遣っているのが由梨なのだ。
由梨はもともと僕のいる大学で勉強をしていたのだから、そこがどういう場所なのか知っている。
由梨は今僕がどんな思いをしているのか知っているはずだ。今そこで何が起きているかなんて僕らのこととは全く関係ないのだ。
ふと由梨に向けた視線の先に、赤い糸が目に入った。由梨のベッドの枕元のところの鉄パイプにそれが巻き付いていた。
「気になった?」
僕の様子に気が付いた由梨はその赤い糸をほどきはじめた。
よく見てみると、それはなんかのお守りにつけられた糸だった。
「お義母さんか?」
「うん、昨日お見舞いに来てくれたの。長寿お守りだよ。」
お守りに「長寿御守り」と、金色の糸で刺繍がしてあった。
僕は複雑な気持ちになった。由梨は僕だけのものだったはず。仮にこれがイミテーションだったとしても、由梨の嬉しそうな笑顔が僕の胸にチクチク突き刺さるようだった。
由梨が入院さえしなければ・・・・。
由梨が入院することになったのは、由梨だって人様の子であり親に愛されていることを僕が思い知ることになるためか。
・・・なんで、僕はそんなふうに考えているんだろう、そんなわけないじゃないか。
「リンゴ買ってきてむいてあげるね。」
僕はそう由梨と約束した。この辺りにスーパーや量販店があったはずだ。
「気とか遣わなくていいからね。私、あなたの迷惑にならないよう、なるべく早く退院できるようにするから。」
「うん、でも無理しちゃだめだよ。リハビリなんかしすぎて体壊して逆効果だったってことにもなりかねないからね。
ゆっくりお休みなさい。また来るよ。」
「今日は時間あるの?」
「うん、会わない時間が多すぎて僕このままじゃ帰れないよ。」
由梨はくすくす笑った。
家でも僕が自炊することが多く、一銭も外へ出て稼いでいないことに引け目を感じているのだろうか、そのたびにこういう笑い方をする。
僕は、由梨がしっかり布団を自分にかけて横になったのを見届けてから、部屋の出口に向かった。
僕がそこで振り向くと、由梨は自慢の笑顔で僕に手を振ってくれた。
僕も笑顔で手を振って部屋を出た。