「あのね、ヒカルちゃん、お願いがあるのよ」
あ、この人名前知ってたんだ。。。でも「ちゃん」って。。。
昨日とは打って変わって真剣な表情の里見さんに気づいて
僕も居住まいを正した
「は、はい。なんですか?」
「もうすぐ夏休みが来るでしょう?」
「まだ5月ですけど、もうすぐといえば、もうすぐですね…」
「昨日ね、恭子ちゃんと弘幸に色々話を聞いたの」
「は、はあ」
「夏休みの間だけでもウチの子にならない?」
「え、えぇ!?」
「ヒカルちゃん、その…言いにくいんだけど、ご両親に大切にされてないっていうか…その…」
「暴力ですか?」
「うん、正しくは虐待っていうんだけど、受けてるよね?」
「ま、まあ…小さいころからだからあまり気にしてなかったけど、しつけ?かと。。。」
「ううん、それは違うのよ。話からして立派な児童虐待なの。」
恭子さんもヒロユキさんも何を話したんだろう
ウチの秘密がばれたらまた父親に殴られるのに…
「きちんとした話し合いには私たち夫婦がいくし、ヒカルちゃんはその場にいなくていいから」
ヒロユキママ、里美さんの暴走は止まらない
しばらく頭がこんがらがっていた僕はふと気が付いたことを聞いてみた
「あの…裕子ちゃんっていうのは?同い年ぐらいの男子がいたら嫌がりませんか?」
「え…弘幸から何も聞いてないの?」
「あ、はい。何にも。今日表札見て知ったぐらいで」
「そうかぁ…」
里美さんはしばらくうつむいてウンウンと自分で何かを納得したかのように口を開いた
「裕子はね、小学校5年の時に川で遊んでて溺れちゃったのよ…」
「え…」
「弘幸とは本当に仲良くってね、一緒に泳ぎに行って弘幸が目を離したすきいなくなってしまって、見つけた時にはもう…」
冗談だろ?そんなドラマみたいな話ないじゃん?
あんたら家族全然普通に暮らしてるじゃん
ヒロユキさんだって一回も裕子ちゃんの事しゃべったことないし
「なーんちゃって」と里美さんがペロっと舌を出すのをまってたけれど
里美さんの視線は畳の目を見たまま動かなかった
部屋中が重い空気に包まれてしまった
今なら「そうですか、それはお気の毒に」などといえるのだけど
その時の僕は口がカラカラに乾いて何も言えなかった
「ごめんなさい…」
僕の口からはその言葉がなぜか出てた
同時に涙がボロボロあふれてきて止まらなかった
自分のうかつさに泣けたのか
ヒロユキさんの家庭の事情に泣いたのか
全然わからなかったけどとにかく泣いた
突然里美さんが僕を力強く抱きしめた
「ヒカルちゃんは泣かなくていいの。お願い、泣かないで。本当に優しい子ね。」
里美さんの声も涙でくぐもっていた