小説『Uninstall (ダブルエイチ)』
作者:月読 灰音(灰音ノ記憶)

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それからの毎日は朝は弘樹さんの工場掃除と片付け、里美さんの掃除洗濯の手伝い、昼からは剣道の自己練習、夕方から剣道教室。夜はヒロユキとの愛情交歓といったルーチン化された日常を送っていました

夜の生活はもう痛みもなくなり、すんなりとヒロユキを受け入れることができるようになっていました
剣道のほうも、皆の合同練習に余裕を持って参加できるようになっていました
もうすぐ夏休みも終わりに近づいていました

そんなある日、剣道の練習も終わり家に帰ると、見知った靴が2足玄関にありました
僕は凍りつきました。その靴は父と母のものだったからです

「ただいまー」
恐る恐る声をかけると弘樹さんが出てきて
「お風呂入ったら着替えて居間に来い」
と短くいいました。悪い予感しかしません
シャワーもそこそこに、初日に持ってきていた男物の服に着替えて居間に行きました

部屋に入った途端、その重苦しい空気にUターンしそうになりました
「ヒカル、そこに座り」
弘樹さんがいつになく真面目に僕の目を見て言いました
「はい…」
仕方なく空いていたヒロユキの隣に座りました

両親が僕を連れ戻しに来たこと、法律的に見ても両親のほうに理があること、2学期から転校さすこと、僕には何の意見を挟む余地はないこと

そんな説明を受けました
目の前が真っ暗になりました
今の生活がずっと続くとは思ってなかったけど
こんなに突然終止符が打たれるとは思っても見ませんでした
悲しすぎて涙も出ませんでした

「じゃあ準備してくる…」

そういってヒロユキの部屋に入り荷物をまとめました
ヒロユキが後を追って入ってきて僕を後ろから抱きしめました
悲しみが止まりませんでした
こらえていた涙が堰を切ったかのようにとめどなくあふれ出ました
我慢せず声を出して泣きました

なんで大人たちは自分の都合で子供の事、全部決めちゃうんだろう

「恭子さんにもらった服はおいていけよ」
「うん…」
「俺が返しとく。その代りこれお前にやる」

ヒロユキは戸棚の奥のほうから銀色に光る棒を取り出し渡してくれました

「?」
「振ってみ」

言われたとおりに振るとガシャガシャガシャと棒が伸びました

「3段式警棒。いつかヒカルに上げようと思ってた。転校しても剣道続けてそれで身を守れよ」
「うん…」

荷物はすぐにできました。
振り向いてもう一度ヒロユキに抱き着きました
涙声でいいました

「浮気したら許さないからね」
「おう」
「絶対だよ?」
「おう」
「また会えるよね?」
「当たり前だろ」
「約束だよ?」
「うん」

別れのキスはしませんでした
だって本当にお別れになってしまいそうだったから

居間に戻って里美さんと弘樹さんに頭を下げて
「大変長くの間お世話になりました。ありがとうございます。一生ここでの生活忘れません」
そう挨拶すると里美さんは号泣し始め、弘樹さんは僕の目を見ながら軽く会釈しました

両親は相変わらず何を考えているかもわからないよいうな
真っ暗な空洞のような目をしていました
悲しみも喜びも表情に出さない能面のような顔

玄関先まで見送ってくれた弘樹さん夫婦に父が挨拶しました

「私は子育ての仕方を間違えていたようです。いなくなって初めてこの子の重要性に気が付きました。○○さんには頭の下がる思いです。この子の自主性を可能な限り尊重して3人での生活をやり直したいと思います」

そして深々とお辞儀をしました

大人の周到な隙のない挨拶

3人とも無言で暗くなった道路を歩いて自宅へと向かいました

また人形に戻ればいいだけDVとネグレストに耐えればいいだけ

僕は人形
僕は人形
僕は人形

自宅の新築マンションで作り物の家族ごっこをして僕は聞き分けのいい子供役だ

家の玄関の重い扉がガチャンとしまる音がして
僕の短い夏休みは終わったのでした

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