小説『Uninstall (ダブルエイチ)』
作者:月読 灰音(灰音ノ記憶)

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少なくとも僕たちの未来は明るいきざしが見えていました

リハビリのおかげで、僕は松葉杖なしで右足を軽く引きずる程度に歩けるようになっていましたし、何よりも3月にはヒロユキに会える、そのことで皆が浮足立っていました

その日も僕は弘樹さんの手伝いや、里美さんの掃除洗濯を手伝いに精を出していました
昼過ぎに3人で昼食をとっていると電話のベルが鳴りました
嫌なベルのなり方でした。そういうのってなんとなくわかりますよね
電話に出た里美さんが顔色を失ってヘナヘナとその場で腰が抜けたように座り込みました



「弘幸が死んだ」



凶報はいつだって突然やってきます
弘樹さんはガタっと席を立つと電話を替わりました
「はい。」
「そうですか。」
「分かりました。」

僕の頭の中は真っ白になっていました

ヒロユキが死んだ?
なんで?どうして?
3月には帰ってくるって言ってたじゃない?
嘘、嘘、嘘、嘘。

呆然自失になっている僕を、電話を切った弘樹さんが抱きしめました

「いつかこうなるんじゃないかと思ってた」
「弘幸は、久保田さんの盾になって5発の銃弾を受けて、病院に運ばれたがすでに手遅れだったそうだ」
「明日の晩、通夜で明後日告別式だそうだ」
「一緒にに来るかい?」

「はい…。」

全く信じることができませんでした
最愛の人、ヒロユキ
悲しすぎると涙が出ないというのは本当の事でした
僕は抜け殻になってしまいました

弘樹さんが僕の両親に連絡を取って事情を説明してくれました

両親は僕の分のレディースの喪服を持ってすぐに駆けつけてくれました
吊るしのモロに安物とわかる喪服でしたが、気にも留めませんでした
両親も喪服を着ていました

そんな様子を見ても全く実感はわきませんでした
車2台で神戸へと向かいました

神戸、長田、久保田さんの事務所では久保田さんをはじめとする若い衆が、沈痛な面持ちで整列して待っていてくれていました
一同が悲しみにくれた表情でお辞儀をする中、僕たちは8畳の和室に通されました
白木の彫刻の施された棺桶と無数の花束と線香がたかれていました

「今さっき検視が終わって、ここに帰ってきました。このようなことになってしまい、誠に申し訳ありません!」
久保田さんは畳に頭をこすり付けて土下座をして、いつまでも頭を上げようとはしませんでした

弘樹さんが久保田さんに近寄り頭をあげさすと

「ろくでもない息子をここまで面倒見てくださり、誠にありがとうございました。これもまた運命ということかもしれません。久保田さんのお命が助かっただけでも、弘幸は生まれてきた理由があったということかもしれません」

そういいました。

それを聞くと久保田さんは号泣して再び畳に頭をこすり付けて土下座をしました
そのままの格好で
「ヒカルさん、本当に申し訳ない。自分の都合で、人ひとりの命を失うことになってしまった。ヒカルさんの最愛の人を私が奪ってしまった。なんとお詫びしていいか…」

久保田さんの両目からは涙が次々とこぼれ、畳に染みをつけていきました

ふすまを挟んだ隣の部屋からも若い衆のすすり泣きがこもれ聞こえてきました

その様子を見てなぜか悲しみは薄くなりました
神戸に来てたった1年足らずで、これだけの人に愛されたヒロユキがうらやましくもあり、僕の誇りに転換していったのでした


「失礼します」
ふすまの向こうから女性の声がきこえました
「おう」
久保田さんが返事をすると、綺麗な妙齢の女性が喪服を着て丁寧なお辞儀をすると
「久保田の家内でございます。ヒカルさん、ちょっとこちらに」
そういうとすくっと立ち上がり僕を奥の間にを通りされました

奥の間の襖を閉めた途端
「ヒカルちゃん、大変だったね」
急に砕けた口調になると僕を抱きしめてくれました
僕はその優しさにこらえていた涙があふれてあふれてとまることはありませんでした
奥さんは懐からハンカチを出すと、涙をふいてくれました

「うちの人の身代わりになってくれた弘幸には組から最大限の助力をさせてもらいます
明日は通夜、明後日は告別式ですが、決して涙を見せてはいけません
あなたの見染めた弘幸は立派にその務めを果たしたのです。
誇りを持って見送ってあげてください、お願します」
そういうと立ち上がり、桐ダンスから和装の喪服を取り出しました。

「これを着て、参列してください」
有無を言わさぬ迫力でそう言われました

「…はい」

「では、気丈にね。悲しみや涙は、告別式が終わってから、枯れるほど泣きなさい」

そういうと、奥方は立ち上がり襖を開けて僕に一礼すると出ていきました

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