小説『最後の運転』
作者:STAYFREE()

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 しかし、駅前のターミナルの様子は例年の祭りの時とは違っていた。駅前には人がまったくおらず、シーンと静まり返っているのだ。始発となるバス停にも誰もいない。
 おかしいな……。祭りの時は隣の町からも電車に乗ってお客さんが来るはずなのに……。運転席から駅舎のほうをのぞいても人は誰も見当たらなかった。駅員の姿すら見当たらない。疑問は大きくなるばかりだったが、出発の時間である十八時〇八分を車内の時計が示した。
「発車いたします」
 誰もいない車内に自分の声が流れる。そして何万回聞いたかわからない、テープの案内音声が流れた。
“毎度、大野町営バスをご利用いただきまして誠にありがとうございます。このバスは大野駅発、前陣峠行の臨時バスです――”
 ん?なんだかいつものテープの声と違うな……。違和感を感じた私の耳に次に入ってきたのは、こんな言葉だった。
“高橋さん、最後の運転。いつものように安全運転でお願いします。”
 これは……、経理の原口さんの声だ。どうして原口さんが……。私の最後の運転に何かの趣向をこらしたつもりだろうか? まったく、こんなテープを流してお客様が乗っていたらおかしく思われるじゃないか。
 苦笑いを浮かべて、私は運転を続けた。
 駅前のターミナルを出て両側に古い店が立ち並ぶ商店街の道を進む。今日は祭りがあるので、どの店も普段よりも早く店を閉めている。この町の商売人は皆、祭りの雰囲気を楽しみたくて自分の店を早く閉めて、お祭り会場で屋台の準備をするのだ。
 バスはわずか百メートルほどの商店街を抜け左折をし、薄い水色の欄干の笹目橋にさしかかった。下には幅の狭い笹目川が流れている。この川は都会の川のように汚染されておらず、メダカやサワガニなども生息している。
 東京から息子夫婦が帰省して、孫を笹目川に連れて行った時、孫は大はしゃぎで川遊びをしていた。メダカやサワガニなど都会では見ることなどできないだろう。

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