小説『最後の運転』
作者:STAYFREE()

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“次は笹目が原、笹目が原です”
 笹目橋を渡ると、左側に広大な原っぱと田園が広がってくる。東京ドームでいうと何個ぶんだろう? 十個なのか二十個なのかわからないが、そこにある田圃へと続く畦道の入り口に笹目が原のバス停は設置されていた。
 畦道の先には古くから建っているであろう農家の一軒家がポツリ、ポツリと八件ほどある。そのうちの一軒が小田のおばあちゃんの家だ。
 小田のおばあちゃんは腎臓病を患っていて毎週、月・水・金の三回、透析のためにとなり町の病院へ通っている。病院の帰りに駅からバスに乗り込むと、必ず運転席の私の横にきて、今日の体の具合だとか、看護婦とこんな話をしただとか、病気とは思えない明るい笑顔で話してくれた。
 小田のおばあちゃんとももう会えなくなるのか……。さびしく思っていると、今度はバスの案内テープからこんな声が流れてきた。
“高橋さん。いつもこんな年寄りの話を聞いてくれてありがとうね。わたしゃね、高橋さんのバスが大好きだったのよ。これからは乗れなくなるのがさびしいけど、長い間運転お疲れ様。本当にありがとうね”
 おばあちゃん……。年配の方の独特の優しい、落ち着いた声のメッセージを聞いて、胸が熱くなった。同僚がおばあちゃんにテープにメッセージを吹き込んでくれるようにお願いしたのだろうか? 誰が考えたのか知らないけど、なかなか心憎いことをしてくれるな……。
 
――笹目が原のバス停にさしかかった。このバス停も乗客の待っている姿はなかった。
「まだ乗客は一人もいないままか……。これじゃあ、臨時の便を出した意味がないな」
 私の他には誰もいないので、声に出して呟いてみる。黙っていると、心の中がさびしさで埋め尽くされそうだった。

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