小説『最後の運転』
作者:STAYFREE()

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 笹目が原の広大な原っぱを抜け、十分ほど走ると右手にある御嶽山のふもとにこの町唯一の高校が見えてくる。
“次は田島高校前、田島高校前です”
 彼は今頃どうしているのだろう……。このバス停でユニフォームに背番号四をつけた高校生が降りて行った時のことが思い出される。
 田島高校の野球部は四年前、春の選抜高校野球にギリギリのところで選ばれて出場した。地方大会ではベスト8だった為、まさに出場可否のボーダーラインだったのだ。この町始まって以来の快挙に町の人々は大喜びで選手たちを励まし、応援した。試合の二日前に二百人以上の応援団で甲子園まで乗り込んだ。
 しかし、田島高校は敢え無く一回戦で敗退した。スコアは二対一。名門校相手に善戦したが、最終回に内野手が痛恨のエラーをしてしまい、それが決勝点につながり敗れてしまったのだ。
 敗因を作ってしまった内野手は二塁手。背番号四をつけた彼だった。
 田島高校の野球部の生徒達は本当に一生懸命に戦った。エラーとなってしまった打球処理も無理をしなければ内野安打だけで済んでいたのだ。強い闘争心が結果として悪い方向に出てしまった。
 それは監督もチームメイトも応援していた人たちも皆、わかっていた。もちろん背番号四の彼を責めるものなどいなかった。
 田島高校の野球部が大野駅に帰ってきた時、学校が用意したマイクロバスに野球部の生徒たちは皆乗り込んだはずだった。
 でも、一人だけ……、背番号四を付けた彼は私のバスに乗って来たのだ。一人でこっそりと学校に帰りたかったのだろうか。私もテレビで田島高校の試合を見て応援していたので、それが誰なのかはすぐにわかった。

「お疲れさん。よく頑張った!感動したぞ!ありがとう」
「……」
 彼はうつむき、何も言葉を返さなかった。
「どうした?」
「すいません。みんな応援してくれていたのに、僕のせいで……」
 消えさりそうな声で、肩を落として彼はそう言った。
「もう、野球は辞めようかと思います」
 甲子園から帰ってくるまで、苦しい胸の内を誰にも話せずにいたのだろう。初めて会話をする私にこみ上げてくるものを抑えきれないように彼は言葉を発した。
「確かにあの時、皆がっかりしたよ。チームメイトも監督も応援している人も。だから、君は皆に対して借りを作ってしまったんだ。この借りは野球でいいプレーをして返すしかないんじゃないのか?」
「はい……」
「失敗を恐れずに積極的なプレーだったじゃないか。きっとそれが君のいいところなんだろう?自分を見失うな。次こそは皆を喜ばせればいいじゃないか」
 バスの発車時間が近づき他の乗客が乗って来た。会話はそこで中断され、バスは発車した――。
 そして、田島高校のバス停に着いた。
「元気をだせ。これからも前向きに頑張れよ!」
 彼は私の言葉に涙ぐみながら頷き、帽子をとって九〇度のお辞儀をした。
「僕はこの先も野球を続けます。ありがとうございました」
 日焼けした顔にこぼれた涙の美しさと吹っ切れたような笑顔が今でも心に焼きついている。
 思い出に浸っていた自分に今度は若々しい青年の声がバスの案内テープから流れてきた。

“高橋さん。今までお仕事、本当にお疲れ様でした。四年前、高橋さんのバスに乗って励ましてもらった田島高校の野球部のものです。あれから僕は東京の大学へ進学して野球を続けています。まだ、応援してくれてる皆さんを喜ばせることはできていませんが、あの時の借りは必ず野球で返します。高橋さんの言葉、忘れません。ありがとうございました”

 声だけしか聴いていないが、前向きに頑張っている、すがすがしい顔が浮かんでくるようだった。彼は必ず、立派な野球選手になって皆を喜ばせてくれるだろう。
「背番号四番、頑張れよ。期待しているからな」
 テープの声に返事をするように私は上を向いて呟いた。
 

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