小説『聖痕のクェイサー×真剣で私に恋しなさい!  第2章:武士道プラン異聞録編』
作者:みおん/あるあじふ()

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第2章『武士道プラン異聞録編』



44話「複製剣豪(コードネーム・マユズミ)



黛由紀江と伊予の前に現れたまゆっち。本物の黛由紀江である。


まゆっちは正面にいる敵―――黛由紀江と対峙する。街灯に照らされ、互いの顔がよく見えるようになる。


「ま……まゆっちが、二人?」


伊予は夢でも見ているような気分だった。伊予の前にはまゆっちが二人いる。当然驚きを隠せない。


そして同様に、まゆっち本人も驚いていた。


「わ、わわわわわわ!!ままま松風、わた、わた、わたしが二人います!二人います!」


『さすがのオラもびっくりだぜ。まゆっち、実は生き別れた双子の妹なんじゃね?こいつはまさかの運命の再会だ!』


「えーーー!そんな、父上に限って隠し子だなんて!」


このあり得ない状況にも関わらず、一人と一匹でもめだしていた。そのやり取りを見て安堵する伊予。


(ほんものの……本物のまゆっちだ。よかった……)


伊予が知っている、いつものまゆっちがそこにいる。口下手で、松風と会話をするその姿。間違っていなかった。あれが本物のまゆっち。伊予の親友であると。


一方、黛由紀江は冷め切った視線をまゆっちに送っていた。そこからは殺意に似た冷酷な感情が読み取れる。視線に気付いたまゆっちはやり取りを止め、刀を構えて黛由紀江に向き直った。


(やはり、カーチャさんの言っていた通りでした……)


まゆっちは川神市へ戻る前、カーチャからある連絡を受けていた。正確には、戻るというより呼び出されたと言う方が正しい。


何故ならばこの時この瞬間まで、まゆっちはずっと、実家にいたからである。





数日前、黛家。


家の電話が鳴り出し、一人の少女が受話器を取る。全ては、この一本の電話から事態が発覚した。


「はい、黛です」


『もしもし、こんにちわ。私、黛由紀江さんのクラスメイトのエカテリーナ=クラエといいます。あの、由紀江さんはいらっしゃいますか?』


電話をかけてきたのはカーチャだった。電話を撮った少女、沙也佳はまゆっちの妹である。沙也佳は少々お待ちくださいと言って、姉の名前を呼ぶ。


「お姉ちゃん、電話だよ!」


沙也佳の声を聞き、走ってやってくるまゆっち。大和さん達だろうか……川神市を離れてから数日が経ち、電話が来ないから忘れ去られたと思っていた。よかったと心の中でホッとする。


「誰からですか?」


「お姉ちゃんのクラスの、エカテリーナ=クラエさんって人から」


その名前はカーチャの正式名称だった。カーチャから電話なんて珍しい、というより始めてだった。


(カーチャさんから……?)


まゆっちは受話器を受け取り、早速電話越しのカーチャに声をかける。


『へい、オラを呼んだかい?フェイスキャッツ』


『ストラップに用はないわ』


『すんません』


カーチャはさっさとまゆっちと変われと要求する。一応、松風の事は認めてくれているらしい。多分。


「す、すみませんでした。松風がとんだご無礼を……」


まゆっちが松風に変わり謝罪をする。はたから見ればとんだ一人芝居である。


しかし、カーチャは怒る事もなければ呆れる事もしなかった。


『……やっぱりね』


一人納得したように、カーチャは呟く。疑問に思うまゆっち。どういう意味でしょうかと訪ねる。


『黛由紀江。あんたは帰省してからこっちには戻っていない、それで間違いないかしら?』


父親が倒れ、急遽帰省したまゆっち。帰省してからは一切学園には戻っていない。まゆっちはそう説明する。するとカーチャは無感情な声で答える。


『それが――――いるのよ、川神市(ここ)にも黛由紀江が』


「え―――」


呼吸が一瞬、止まる。つまり今カーチャはこう言った。帰省し、いるはずのないまゆっちが市内にいると。しかも、普通に学生生活を送っているというのだ。


まるでホラー小説のような展開。成る程、それが仮に本当だとしたら大和達から連絡が来ないのも納得がいく。何故ならまゆっちは大和達のすぐそばにいたのだから。


「あ……それは、つまり……」


『つまり、あんたの偽物がいるということよ。あんたの名を騙って、色々としているみたいだけど』


「…………」


もう、言葉が出ない。まゆっちでないまゆっちが、大和達と一緒にいるのだ……現実離れしたような状況が、まゆっちの思考を混乱させる。今の自分は一体何をどう対処すればいいか分からずにいた。するとカーチャはまゆっちの心境を察したように、


『迷っている暇はないわ。さっさと戻ることね。でないと、かなり面倒な事になるわよ』


それだけ言って、カーチャは電話を切った。まゆっちは受話器を持ったまま取り残される。お姉ちゃん?と呼びかける沙也佳の声も聞こえない。


……川神市にいる、もう一人の自分。本当にいたのだとしたら、笑えない冗談だろう。所謂ドッペルゲンガーというやつだ。出会ってしまったら……恐怖がじわじわとまゆっちの心を責め立てる。


そんな時、まゆっちの心の声が聞こえた気がした。


『おうおうおう、ビビってる場合じゃねーべよまゆっち!』


「は、はい!?」


心の声、というより松風だった。


『まゆっち、考えてみろよ。まゆっちがもう一人いるわけねーじゃん。常識的に考えて』


「ま、松風……」


松風の言葉の一つ一つがまゆっちの胸に響く。まゆっちはそれを噛みしめるように受け止める。


『いいかよく聞けまゆっち。まゆっちは世界中のどこを探してもまゆっちは一人しかいねーんだぜ。オンリーワンなんだぜ!』


「――――!」


まゆっちはこの世で一人。どこを探しても同じ人間はいない。松風の最後の言葉が、まゆっちの迷いを消し去り、震え立たせた。まゆっちは受話器を置き、決意を露わにする。


「松風。私、父上の所に行って参ります!」


『決めたんだな、まゆっち』


「はい!大和さん達の所へ戻ります!」


『その意気だぜ!』


まゆっちと松風は父親のいる部屋を目指す。大和達のいる、川神市へ戻るために。まゆっちの名を騙る偽物を探すために。


「………」


そして、冷たく、尚且つ哀れみの視線をまゆっちの後ろから送る沙也佳。お姉ちゃんがあの腹話術を卒業する日はいつだろう。そんな思いを秘めながら見送るのだった。





つまり、今まで大和達と接していたまゆっちは偽物。今現れたまゆっちこそが、本物である。


これで誰が本物で、誰が偽物かはっきりした筈。だというのに。


「……松風」


『なんだいまゆっち』


「あれは、偽物なんですよね?」


『おう』


「見事なまでにそっくりなんですが……」


『そんな日もあるぜ』


まゆっちの前には同じ顔。同じ剣の構え。まるで鏡を見ているかのようで気味が悪い。


いくら本人の偽物がまゆっちを騙っていたとはいえ、ここまで似ているとなると驚きを通り越して不気味である。変装の類でもあそこまで似せることはできない。そもそもまゆっちならば気で正体が分かる。


にも関わらず、


(私の気と全く同じ……どういう事でしょうか)


全てにおいてが同一。完全なる複製。自分と同じ存在だと錯覚する程に。


しかし、自分が本物である以上、今目の前にいるのは偽物。それに本物ならば親友の伊予にあんな事はしない。だから問わねばならない、彼女の真意を。


「貴方は……何者ですか?」


黛由紀江に問い質すまゆっち。緊張で刀の柄を持つ手が強くなる。すると黛由紀江はふ、と静かに笑う。


「決まっているだろう。私は黛由紀江だ」


“私は私だ”。そう答える黛由紀江。本人の前で、そんな事は許されるはずがない。


「黛由紀江は私です。貴方は私の名を騙る偽物。その正体――――暴かせて頂きます!」


あくまでまゆっちを騙るのなら、実力行使するまで。必ず何か仕掛けがあるはずだ……まゆっちは全身全霊をかけ、黛由紀江に挑む。


「私が……偽物か」


嘲るように、黛由紀江は静かに笑う。しばらくして彼女が笑いを止め、刃のように冷たく光るその視線をまゆっちに投げつけた。


「なら」


次の瞬間、黛由紀江はまゆっちとの距離を一気に縮めていた。


「――――試してみるか?」


「――――!?」


まゆっちの本能が危険だ、と告げる。まゆっちは反射的に刀を振り上げ、高速で繰り出された黛由紀江の斬撃を払いのけた。第二撃が来る間際に後退し、態勢を立て直す。


この速度。そして斬撃。一瞬でも気を抜けば、命はない。そう覚悟する。


「せやああああーー!」


再び接近し反撃に出るまゆっち。敵は自分と同じ剣使い。しかもまゆっちと引けを取らない強豪。相手にとって不足はない。己の剣術をもって倒すまで。連続した斬撃を黛由紀江に叩きつける。


だが、


「なっ!?」


黛由紀江はまゆっちが繰り出した斬撃全てを、まるでまゆっちの攻撃自体を読んでいたかのように、打ち払った。黛由紀江はさらに追撃し、まゆっちに斬り込む。


「くっ……!」


火花を散らしながら、ぶつかり合う刃と刃。それは、互いの剣技を競い合うように……いや、競い合うという例えはおかしい。何故なら何もかもが“同じ”なのだから。


(同じ黛流の剣技を!?)


黛由紀江が行使している剣技のそれは、まさに自分と同じ流派の黛流である。幼い頃から修行を重ね、ずっと肌で感じてきたものだ……手に取るように理解できる。


同じ流派、そこまではいい。だが解せないのは、構えも剣技も、動きもまゆっちと全く同一だという事である。まさに鏡。自分自身と戦っているに等しい感覚。現実味を帯びない白昼夢のよう。


「はああああっ!」


その思考を振り切るように、黛由紀江の刃を押しのけ、再び刀を振るうまゆっち。しかしその度にまた弾かれてしまう。


何度も攻撃を繰り返す。また弾かれる。繰り返され続ける終わらない輪廻。これでは埒が明かない。ただの消耗戦になるだろう。


終わらせなければ……相手は自分と同じといえど、やはり偽物。必ずどこかに綻びが存在する筈だ。


自身の攻撃は、何をしても全て読まれてしまう。その先を、さらにその先を読んでも、先回りされるのならば、さらにその先を超えるまで。相手が自分を騙るなら、その自分を騙るのもまた自分自身。


それならば、自分が絶対に取らないような行動を―――黛由紀江が予想できないような行動を取ればいい。相手の意表を突く攻撃を仕掛ければ、この無限は狂い出す。


「黛流剣術――――」


刀を持ち構え、まゆっちが反撃へと躍り出る。黛由紀江はまゆっちの出方を待った。そして、


「十二斬!!!」


繰り出された高速の斬撃が、黛由紀江を圧倒した。だが、黛由紀江も同じ剣術を繰り出して全ての攻撃を弾いていく。


一、二、三、四―――。


斬撃をカウントしながら、まゆっちは静かに待つ。予測できないような行動を。先の先の、さらにその先へ。


五、六、七、八―――。


七撃目も八撃目も、全てが読み取られている。焦ってはならない。ただ、時を待ち続ける。


九、十、十一――――。


十一連撃目。まゆっちはそこでピタリと攻撃を止めた。黛由紀江も異変に気付く。だがそれも一瞬、まゆっちは刀の向きを変え、横一線に、薙ぎ払うように斬撃を放った。当然、黛由紀江は予測が外れて反応できない。


―――まゆっちの予想外の行動。それは十二斬の斬撃を十一連撃目で止め、その僅かな一瞬で斬り込むという無謀なものだった。下手をすれば反撃されてしまうだろう……一種の賭けのようなものでもあった。自分で自分を騙す。これがまゆっちの選択。


そしてまゆっちの刃は、横一文字を描くように、黛由紀江を一閃した。



――――――。



互いに後退し、距離を取る二人。


「う………」


地面に滴り落ちる、赤い液体。その左脇腹から滲み出るそれは、まゆっちのものだった。大量の汗が顔から噴き出し、表情は苦痛で歪んでいる。もう少し反応が遅ければ、致命傷を追っていただろう。


隙をついた筈だった。十二斬の斬撃を直前で中断し、斬り込むという離れ技は、確かに黛由紀江の意表を突いている。そこまではまゆっちの想定の範囲内。


だが、さらにその先はまゆっちの想像を遥かに超えるものだった。


まゆっちの目の前には、無傷でいる黛由紀江の姿。そして彼女の周囲に渦巻く、銀色の液体。


まゆっちには見覚えがあった。以前、あれを使った敵と一戦交えている。


「すい……ぎん。まさか……貴方は、」


水銀。黛由紀江が行使しているのは、まさしく水銀に他ならない。左手に持つ銀の杖(シルバーロッド)がその証拠である。それが意味するものは、つまり。


「―――クェイサー。それが私とお前の決定的な違いだ」


黛由紀江。黛流の剣術の使い手であり、水銀を操るクェイサー。自分と同一である中で、唯一の違い。ますます理解ができない。だが一つはっきりした事は、黛由紀江は偽物だという事か。しかし、そんなまゆっちの思考を読み取ったかのように、黛由紀江は話を続けた。


「私が偽物だと言ったな。それは大きな間違いだ。この力の差が全てを物語っている。本物は私だ。いや、お前を消してこれから私が本物になる……と言った方が正しいか」


一体、彼女が何を言っているのか分からない。まゆっちを消して本物になる……これが一体、何を意味しているのかも。


状況は負傷したまゆっちが圧倒的に不利。傷は思った以上に深い上、相手は無傷。さらにはクェイサーである事から、戦術も戦力も劣っている。


(でも、伊予ちゃんを……助けないと)


勝利は絶望的かもしれないが、伊予を、親友を助けなければならない。まゆっちは身体に鞭を打つように、刀を再び構えた。その痛々しい姿を見て、黛由紀江は笑う。剣術と水銀。この戦力差は、どうあっても覆す事はできないのだから。


右手に刀。左手に銀の杖。黛由紀江は黛由紀江(自分)を殺すと、冷徹に微笑んでいた。


「お前の血は――――私が銀色に染めてやる」


これから始まろうとしている、死闘という名の惨劇に。

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