小説『D.C.〜Many Different Love Stories〜』
作者:夜月凪(月夜に団子)

しおりをはさむ/はずす ここまでで読み終える << 前のページへ 次のページへ >>


Scene14

初音島は本格的な夏に入り、島の人々もそれぞれ夏を満喫している。
純一達も海水浴に行く等して、同様に夏を満喫している。
そんな中、唯一その海水浴に来ていなかった者達を覚えているであろうか?
今回は、その中の二人、工藤叶と彩珠ななこのとある夏の一日である。

純一達が海水浴をしている同じ日に、工藤はななことの待ち合わせ場所に来ていた。
それは、夏休みが始まる前。
工藤「あれは……ななこさん?」
工藤が廊下を歩いていると、前方一直線上にななこが歩いて来ていた。
ななこは何事かぶつぶつ言ってはメモを取り……という動作を繰り返しながら、歩いていた。
工藤「あの、ななこさん」
一体何をしているのか気になった工藤は彼女に声をかけたが、どうやら聞こえてないらしく反応がない。
工藤「ななこさん!聞こえてる?」
工藤は少し声を大きくし、再度呼びかけたが、一向に気付く気配がない。
――もしかして……このまま行くと
工藤がそう思っていた矢先、ななこは工藤にぶつかった。
しかし、ななこは進行方向を変えると再び歩き出そうとしていた。
ななこ「よし、ここがこうなって……。こうで……」
工藤「ななこさーん!もしもーし!」
ななこ「えーと……もう!わかんなくなった!!話しかけないでって言ってるでしょ!!」
突然怒り出すななこに。
工藤「あ、ごっごめん……」
と、思わず萎縮してします工藤。
ななこ「え?……ひゃおうっ。く、工藤君だったんですか!?ご、ごめんなさい!」
ようやく工藤の存在に気付いたのか、驚きつつ、謝った。
工藤「前見て歩かないと危ないよ。今回は俺だったからよかったけど」
ななこ「はい。少し、他の事に気を取られてて……」
その言葉に工藤は彼女の持っているメモ帳に目をやる。
工藤「何してたの?……英単語とかの暗記とか?」
ななこ「いえ、違います。あたし、勉強は全く駄目なんで……。暗記も苦手だし……」
そう彼女は苦笑いを浮かべながら答えた。
ななこ「その、別にわざわざ人に教えるような事をしていた訳じゃなくて、こうして歩いてると、何だかいい考えが浮かんでくるんですよ」
工藤「何かアイデアをまとめているとか?」
ななこ「はい、そろそろ新しい展開を用意……って、ごほっごほ、んん、いえ、そんなんじゃないんですけど、その……」
工藤「まあ、いいよ。なんか邪魔しちゃったな」
ななこの言い難そうな表情を見た工藤はこの話題を終わらせる事にした。
ななこ「いえ、邪魔だなんて……」
彼女はそう言いながら手を胸の前でパタパタと振る。
工藤「でも、俺に気づかない位、集中してやってたみたいだし」
ななこ「あっははは……。お恥ずかしい話です」
その時、工藤はある出来事を思い出した。
工藤「あ、それってもしかして、あの時ヤギに食べられちゃったやつとか?」
ななこ「実を言うと……でも、気にしないで下さい」
彼女はそう言っているのだが、何となく引っかかる。
くどう「うー……ん。でも……そうだ」
ななこ「何ですか?」
工藤「もし、俺に何か出来る事があったら何でも手伝うよ」
その工藤の言葉に表情を明るくするななこ。
ななこ「ほ、本当ですか!?……でも、そんな……悪いですよ」
しかし、すぐ表情を元に戻して、遠慮する。
工藤「いいって、もともと悪いのは、俺の友達の知り合いなんだから」
ななこ「そ、そうですか?それでしたら……早速なんですけど……」
工藤「うん、何でも言って」
というわけで、工藤は彼女の手伝いをする事になった。

しばらくして。

ななこ「ごめんなさい、遅れてしまいました……」
小走りできた彼女は、工藤を見つけるや否や頭を下げ謝る。
工藤「いいよ、俺が少し早く来てたから」
ななこ「でも、あたしがお願いしたのに……」
工藤「だからいいって。それより、何をすれば」
ななこは、はい、そうですねと、一回ゴホン、と咳払いして。
ななこ「これから一緒に小五郎さんの家に言って欲しいんです」
と、工藤に告げた。
工藤「小五郎……さん?」
――そんな人、うちの学校にいたかな……?
工藤「えっと、近くに住んでる人かな?」
ななこは少し間を置き。
ななこ「うーん、前者は当たりですけど、後者は間違いですね」
工藤「え?どう言う事?」
ななこ「小五郎さんはこの近くに住んではいますけど、人じゃないんです」
工藤「ああ、ペットの名前とか?」
ななこ「はい、小五郎さんは、明智さんの家の番犬なんです」
その後「とは言っても、ぜんぜん番犬らしくないんですけどね」と言いながらくすくす笑う。
ななこ「とっても可愛いんですよ。工藤君も会えばお気に入りになると思いますよ」
駆動は言われるがままに住宅街の一角にある何の変哲もない住宅に案内された。
ななこ「すいません、ななこですけど」
インターホンからはだいぶ年配の女性の声が返ってきた。
ななこ「実は、ここのお婆さんと取引がありまして」
工藤「と、取引?」
ななこの口から、彼女とは無縁そうな単語が飛び出す。
ななこ「はい、小五郎さんの散歩をする代わりに、明智さんからいろいろなお話を教えて貰える事になっているんです」
工藤「お話?」
ななこ「はい、明智さんはとっても物知りで、人生経験がとても豊かな方なんです」
工藤「そうなんだ、でも、どうしてそこまでして話を」
工藤の問い掛けに彼女は当然と言った感じで。
ななこ「それはもちろん、取材……げふ、げふん、んーん、ゴホン、それは、明智さんのお話がとても面白いからですよ」
途中咳き込みながら言う。
工藤「面白い話を聞くだけで、そんな?」
ななこ「……あ、あたしはぁ……おっ面白い話を聞くのが趣味でして!!」
彼女はなぜか真っ赤な顔で、まるで怒っているかのようにそう言った。
その後彼女は家の中に入る。
工藤の見た感じでは、どうやらここの家主とななこはかなり親しい間柄らしい。
ななこ「あ、いました。あれが小五郎さんです」
工藤はその犬を見た瞬間息を呑んだ。
小五郎と名付けられているその犬はやたら大きな犬小屋の中からのっしりとその大きな首を持ち上げた。
――ちょっと、想像してたのと、サイズやら雰囲気やらが……
工藤は番犬らしくないと言うななこの言葉で、すっかり小型犬だと思い込んでしまったいた。
しかも、ただでかいと言う訳じゃなく、これではまるで犬の姿をした熊、と言った方が適切であろう。
工藤「ななこさん。これ本当に、犬?」
のっそりのっそりと近づいてくる小五郎を見ると工藤は恐怖を覚えつつあった。
そして、小五郎の巨体が工藤と距離にして一メートル位まで近づく。
しかも、小五郎はどうもご機嫌斜めらしく、ジロリと工藤を睨み付けた。
工藤「ななこさん……これは、やばいんじゃ――!?」
ななこに助けを求めようとしたが、そこにさっきまでいた彼女の姿が何時の間にかいなくなっていた。
工藤「ななこ……さん……?」
――えーと……どこ行ったのかなー?
工藤の前でぐるるる……と唸って見せる小五郎。
工藤「はは、ははは……」
工藤は引きつった笑みを浮かべながら徐々に後退を始める。
その瞬間、小五郎は工藤目掛けて襲い掛かるかのように飛び掛った。
工藤「うわっ!?」
どす!
小五郎と共に尻餅をつく工藤。
――べろり
工藤の頬に生暖かい何かが這う。
――べろりべろり
工藤「……え?」
よく見てみると小五郎は工藤の頬をぺろぺろと舐めているだけであった。
ななこ「うっひゃぁ!忘れてましたよ!!……って、もう遅かったみたいですね……」
工藤と小五郎を見たななこは小さくため息をつく。
ななこ「ごめんなさい。挨拶をしに行く前に言い忘れてました」
ななこは、たはは……と苦笑した。
ななこ「それにしても、工藤君、相当気に入られたみたいですね」
工藤「え?」
ななこ「小五郎さんは人懐っこいんで、気に入った人を舐め回す癖があるんです」
ななこの言葉を肯定するかのように一鳴きする小五郎。
そのあと、工藤とななこは小五郎の散歩に出かけた。
さすがにななこの華奢な体ではこの犬は容易ではない、と工藤がリードを持つ。
ななこ「ごめんなさい。工藤君」
工藤「え?何が?」
ななこ「実は明智さんと交渉は成立したものの、どうやってこの子を散歩させようか迷ってたんです」
工藤「ああ、なるほどね」
工藤は小五郎とななこを見比べながら頷いた。
ななこ「工藤君を利用するような真似を……でも、あたし、どうしても明智さんのお話が聞きたくて!」
工藤「いいよ。別に悪気があってした訳じゃないんだろうし」
ななこ「それはもちろん……」
ななこはそれでも申し訳なさそうに苦笑を浮かべた。
こうして、工藤のハラハラドキドキの夏休みの一ページは終わったのだった。

-14-
<< 前のページへ 次のページへ >> ここまでで読み終える