小説『D.C.〜Many Different Love Stories〜』
作者:夜月凪(月夜に団子)

しおりをはさむ/はずす ここまでで読み終える << 前のページへ 次のページへ >>


Scene17

純一「やっとこれで、休みらしい休みになる……はずだったが」
そう言い溜め息をつく純一。
純一や音夢と一緒に座っている頼子はしょんぼりとしている。
夏休みも終盤に差し掛かってきた日の朝、純一家では急遽、家族会議が開かれる事になった。
その理由は、音夢とさくらの間に座っている頼子にある。
純一「さて、会議を始める前に一つ……」
といい、頼子の隣、テーブルの右端に座っているさくらを見る。
純一「どうしてお前がここにいるんだ?」
さくら「うにゃ?だって、家族会議なんでしょ?」
当たり前だとばかりに言うさくら。なぜさくらが朝倉家で会議が開かれるのを知ったのかというと、それはただ単に会議を始める直前にさくらが偶然いつものように不法侵入してきたからだ。
純一「お前はただ隣に住んでいるだけだろ」
さくら「いいじゃん、いいじゃん。一人より二人、二人より三人だよ」
――まあ、いい
言っても無駄だと気付いた純一は諦める事にした。今はそんな事で言い争っている暇は無い。なぜならこの会議の結果により、純一家の未来は明るくも暗くもなるのだ。
純一「今日、みんなに集まってもらったのは他でもない。頼子さんについてで、だ」
純一が言い終わった後、申し訳なさそうに小さくなる頼子。
さくら「うにゃ?頼子さんがどうかしたの?」
事情を知らないさくらが音夢に訊く。
「それは、俺も非常に気になるな」
さくらに続いて聞こえてきた声の方に四人は目をやる。
信「よう」
そこには信が片手を軽くあげ、立っていた。
音夢「ふ、深見君!?」
純一「よう、じゃねえ!人ん家に勝手に入るやつがあるか!」
さくらの事は、この際除外して。
信「違う違う。玄関が全開になっていたんで注意しに来ただけだ」
手を横に振りながら弁解する信。
純一「玄関が開いてって、まさか……」
一斉にさくらを見る四人。
さくら「うにゃ!?も、もしかして……ボク?」
純一「お前しかいないだろうが……」
信「まあまあ、そんな事より。頼子さんがどうかしたのか?」
音夢「実は、頼子さん、どうしても外に出たがらないんです」
信「……と言うと?」
音夢「買い物は勿論、お客さんが来た時、玄関を開けようともしないんです」
純一「そのおかげで、純一家には多大な被害が出ている」
頼子「あぅ……お役に立てず、すみません」
信「なるほど、このままではメイドの仕事もままならないと言う事か」
頷きながら言う信。
さくら「で、今日はそれを克服させようって訳だね?」
うんうんと頷く朝倉兄妹。
さくら「じゃあ、早速――」
信「待て」
立ち上がろうとしたさくらを制止させる信。
信「頭ごなしにやっても意味が無い。まず外に出たがらない理由を知らねばな」
もっともらしい事を言う信に同意の意味で頷く純一と音夢。
音夢「ねえ、頼子さん。どうしてそんなに外に出るのが嫌なんですか?」
頼子「嫌じゃ……無いんです」
ゆっくりと口を開く頼子。
頼子「私が以前いた所では、私は窓の外の風景だけが全てでした、だから、外が怖いんだと思います」
さくら「外が……怖い?」
頼子「はい、でも、その窓から見える風見学園に通う皆様の姿を見て私もこんな風になれたらなぁ……と思っていました」
音夢「それじゃあ、頼子さんは」
純一「風見学園に通いたかったのか」
さくら「それなら尚更外出恐怖症を克服しなくちゃね」
信「では、早速練習をしないとな」
そして、玄関の外に出た五人。
頼子はまだ怖いのか周囲を気にしながら、震えている。
純一「頼子さん、俺たちがついてるんだ。大丈夫さ」
さくら「そうだよ」
頼子「はい、頑張ります……」
音夢「それで、どうします?」
信「最終目標は学園まで。日を重ねて、少しずつ行こう」
信の言葉に頷く頼子。
さくら「じゃあ、しゅっぱーーつ!!」
こうして、頼子の外出恐怖症克服特訓が始まった。
風見学園に続く桜並木の途中。
信「そういえば、頼子さんはここに来る前はどこに?」
何気なく訊いた信、他の三人も気になるのか頼子を見る。
頼子「私が前に暮らしていた所は、アンティックな感じの古いお屋敷の二階でした」
純一「アンティックな……」
純一の頭に古びた平屋建ての家が浮かび。
音夢「お屋敷の……」
音夢の頭には山頂にそそり立つ中世ヨーロッパみたいな古城が浮かび。
さくら「二階?」
さくらの頭には、古びたアパートが浮かんだ。
信「ふむ」
頼子「前のご主人様は外に出ず、いつも寂しげな瞳で外を眺めていました」
純一「寂しげな瞳……」
純一の頭に、白い着物を身に纏った長い黒髪の女性の恨めし気な顔が浮かび。
音夢「外に出ない……?」
音夢の頭には黒いマントを纏った伯爵が浮かび。
さくら「うにゅ……」
さくらは小太りで眼鏡を掛け、部屋中ポスターや本でいっぱいの中、ゲームをしている男が浮かんだ。
信「ふむ……」
頼子「私はご主人様の傍を片時も離れた事はありませんでした、その時の私は今と違って生まれたままの姿」
純一「う……生まれたままのって?」
音夢「ま、まさか……」
さくら「うぬぬ……」
それぞれ、言葉では表現できなくなったような事を想像している。
信「ふむ……」
頼子「ご主人様は、いつも私を膝に乗せ、背中や喉を優しく撫でてくれました」
純一「ひ……ひ、ヒザ?膝?」
音夢「背、背中や喉って!?」
さくら「変態だにゃ……」
三人の頭の中では、もはやとんでもない光景が広がっていた。
信「まさか、頼子さんにそのような過去があったとは……」
頼子「ご主人様の見ていた窓の風景だけが私の全てでした、だから外の世界が怖いんだと思います……あれ?」
頼子が話し終えて顔を上げると信以外の三人は深刻な様子だった。
純一「いたいけな頼子さんに何て羨ましい……じゃなくて、酷い事を……」
音夢「可哀想に……辛い思いをしたのね……頼子さん」
さくら「無理も無いにゃ……」
頼子「み、皆さん?」
信「何やってんだ?お前ら」
純一「……でも、いつまでも過ぎた過去に囚われてはいけない」
音夢「そうよ、辛い過去を振り切って前に進んで!」
さくら「楽しい事はきっとあるよ!」
信「……?まあ、その為にも一刻も早く外出恐怖症を克服し、学園に通い、思い出を作らねばな」
三人の言動に疑問を抱きつつも合わせて頼子さんを励ます信。
頼子「は、はい!私、頑張ります!」
それから数日間、頼子の毎日学園まで歩く特訓は続いた。
そして。
頼子「やった……」
純一「やったぜ、頼子さん!」
音夢「やりましたね、頼子さん!」
信「よく頑張ったな」
さくら「ミッションコンプリートだね!」
口々に頼子を褒め称える。
そう、頼子は努力の末、風見学園に来る事ができたのだ。
頼子「ありがとうございます、皆さんのおかげで、私」
信「何を言ってるんだ、これは頼子さん自身の頑張りによる結果だ、俺達は、傍を歩いていただけに過ぎん」
頼子「え?」
さくら「そうだよ、努力が実を結んだんだよ」
純一「これから、手続きとかで忙しくなりそうだな」
音夢「うん」
信「これから、俺達と共に思い出を作ろう、頼子さん」
頼子「……はい!」
こうして、頼子の風見学園入学する事が決定した。

-17-
<< 前のページへ 次のページへ >> ここまでで読み終える