小説『D.C.〜Many Different Love Stories〜』
作者:夜月凪(月夜に団子)

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Scene18

――まさか、夏休みに学園に来る事になるなんてな
智也は校門をくぐりながらそう思った。
夏休みにみんなでジャングルパークに行った時、成り行きでことり達のバンドのマネージャーになる事になった智也は、その練習に出る為に夏休みにもかかわらず学園に来ていた。
――結構人、いるんだな
学園の中には休みとはいえ、学祭の準備らしく、賑わっていた。
「珍しいな。こんな所でお前に会うとは」
前方には変にニカニカ笑いながら智也に声をかける長身の男、杉並
智也「……」
無言で通り過ぎる智也。
――朝っぱらからこいつの相手をしているほど、俺は暇じゃない
杉並「まあ、待て藤倉。俺とお前の仲ではないか」
智也の肩を掴み、言う杉並。
智也「何故お前がここにいるかは……大体予想はつくが、生憎今回は協力できない。今日の俺は用事があるんだ」
杉並「音楽室に、行くのだろう?」
智也の心を見透かしたように言う杉並。
――な!?
杉並は驚く智也を見て勝ち誇ったように笑う。
杉並「はっはっは……俺の情報網を甘く見るな。白河とその友達が音楽室で何かやるのだろう?そのような事、俺が知らんとでも思ったか?」
智也「そう言う訳だ、じゃあな」
そう言うと杉並の横を抜け、歩き出す。
杉並「健闘を祈るぞ」
智也「お前も、風紀委員には気を付けろよ」
智也は振り向かないまま言った。
智也は、去年のクリスマスパーティーで、杉並、純一と共に大規模なイベントを不法に発生させた事があった。
去年の卒業パーティも音夢に捕まった純一を除き、智也と杉並、補充要因の信でいろいろバカやった経験があるので、今回、杉並がやろうとしていることはある程度予想する事が出来る。
そのせいなのかは知らないが、杉並、智也、純一は今や風紀委員会のブラックリスト、1,2,3に入る兵(つわもの)となっている(ちなみに信は初犯という事もあり、杉並,信にそそのかされたという風紀委員の判断で、ブラックリスト入りを免れている)
杉並「特に、朝倉妹と、わんこにはな」
智也はその言葉を聞くと片手を振りながら、音楽室へと向かった。
――お?
智也が音楽室の扉を開いた途端、目と顔に、わあ、と押し寄せて来るものがあった。
――人がたくさんいやがる……しかも野郎ばっかり
当に鮨詰め状態とはこの事を言うのであろう。
一方、耳には聞いた事の無い曲……これはことり達が演奏している曲だ。
――こんな環境の中で練習しなきゃならないなんて、ことり達も気の毒だな
そんな事を思ってると
――あぁ……やっぱり白河はいいよな
――でも、俺はもうちょっと上手いかと思ったんだけど
――思ったより普通だよな
聞こえた。
ぼそぼそとした呟き程度だが、はっきりと智也の耳に入ってきた。
そこに非難の調子が込められている事がはっきりと分かる位に。
――なんか……がっかりじゃねえ?
智也「こいつら……」
――ことり達は見せもんじゃない……
智也「はぁーーーい!みなさーーん!!」
智也は大声でそう言いながら、パンパンと手を打ち鳴らす。
ざわめきが止まり、周囲の視線が智也に集まる。
ことり「ふ、藤倉君!?」
ことり達も演奏を止め、智也を見る。
智也はことり達の傍まで行き、改めて振り返った。
智也「こううるさいと練習の邪魔だ!皆さん、ここから出て行ってくださーい!」
再びざわめく室内。
と、誰かが言った。
「何でお前がそんな事言う権利があるんだ?」
この声を皮切りに室内はブーイングの嵐に。
智也はもう一度手を打ち鳴らし。
智也「おい、この教室は許可取って使ってるんだ、お前らは許可取ったのか!?どうなんだ!」
そう言いつつ、いつもは浮かべない怒りの表情を浮かべ、辺りを睨みつける
ブーイングが止んだ。
智也「俺か!?俺はことり達のマネージャーだ!」
言葉を止める、室内は完全に静まり返り、智也は意味が充分知れ渡ったと感じてから振り返り、言った。
智也「なあ?ことり」
ことり「そ、そうですっ!藤倉君は私達のマネージャーさんです!」
ことりもかくかくと頷きながら言った。
智也「そう言う訳だ、分かったら、とっとと帰る!」
言い終わった後、どこともなく一人、二人と廊下へ消えていく。
それを皮切りに学生達が流れ出ていき。
やがて最後の一人が消えた。
ことり「知ってると思うけど紹介するね。バンドの仲間の、ともちゃんとみっくん」
ことりが言い終わった後、礼儀正しくお辞儀する二人。
ともちゃん「見て分かったでしょ?」
やれやれと言った感じで両手を上げるともちゃん。
みっくん「入らないで下さいって言ったんだけどいつの間にか入って来だして……あんな事に」
ともちゃん「かと言って、練習をしない訳にはいけないから、我慢してたんだけど」
――まあ、確かにあれじゃなあ……
みっくん「三人だけだといろいろ大変なの、あんな事もあるし……どうしてもマネージャーが必要だったの」
ことり「それで、三人で話し合った結果、見事藤倉君が選ばれたんでーす」
パチパチと拍手しながら言うことり。
智也「選ばれた?」
ともちゃん「……と言っても、結局藤倉君の名前しか挙がらなかったんだけどね」
――ま、そうだろうな……
智也「ん?でも、何故俺に?」
三人に訊く智也。
みっくん「あ、それは、ことりの推選みたいなものです」
智也「え?」
意外な返答に智也は思わずことりを見る。
ことり「え……と、それは」
ともちゃん「どうせ頼むなら女子より男子の方が良いし、それに接し易い方が良いと言う事になって」
みっくん「でも、ことりって男子で仲良い人は少ないから、それで、出てきたのが藤倉君なの」
智也「へえ」
単なる気紛れじゃなく、ちゃんと考えられて指名されていた事を知った智也は少し嬉しく思った。
ともちゃん「ここ最近ことりと藤倉君って仲良さそうだし、それで」
ともちゃんは親しみを含めて、ことりを睨んだ。
そのことりは顔を赤くして俯いている。
ことり「もう二人とも、それは言わないって……それじゃあ藤倉君、まずは私達の演奏を聞いて貰うね」
そして、ことり達の演奏は始まった。
――やっぱ、すげぇよな
智也は以前にも偶然ことりの歌を聞いた事はあるが、その時と同じように彼女の引き込まれるような歌い方や、大きな存在感に惹かれ、すっかり聞き入ってしまっていた。
演奏が終わり。
ことり「それで、どうかな?私達」
智也「ああ、今のまま練習を続ければ、ぜんぜんOKじゃないか?」
ことり「ほ、本当?」
ことりはほっとしたのか、笑みを浮かべる。
智也「全くの素人意見だけどな」
ことり「それでも、褒められると、やっぱり嬉しいよ」
智也「……まあ、後は『外野』をどう押さえ込むかだな」
智也は恥ずかしさを隠す事も含め、言った。
――実はこれが一番大変だったりしてな
智也がそう思っていると。
――!?
智也「ことり!?」
何の前触れもなく倒れて来たことりを寸でのとこで支える。
ともちゃんとみっくんも駆け寄ってきた。
ともちゃん「ことり……大丈夫?」
ことり「う……うん」
ことりは頷いているが、とても大丈夫そうには見えない。
みっくん「ことり、最近頑張り過ぎてるから……」
智也「とにかく、今日はもう終わりにしよう。ことりは俺が保健室に連れて行くよ」
それを聞いたともちゃんとみっくんは頷き。
みっくん「それじゃあ、お願いします」
そして、智也は、動けそうにないことりを抱え、保健室の戸を開くと。
智也「あ、暦先生」
そこには何故か暦がいた。
暦「ん?藤倉じゃないか。どうした?今は休みだぞ?」
そう言っていた暦は智也が抱えていることりに気付く。
暦「ことり!?……どうか、したのか?」
智也「学園祭の練習の途中で、倒れて」
智也はそう言いつつ、ことりを空いているベッドに寝かせる。ことりは来る途中に眠ってしまったのか、静かに寝息をたてていた。
暦「そうか……。この子は、少し頑張り過ぎる所があるからね」
暦は心配そうにことりを見る。
それは教師と生徒……ではなく、姉としての心配だろう。
智也「ところで、先生は何故、保健室に?」
暦「ん?ああ、ちょっと薬品を貸して貰いにね。そう言う君は休み中にどうしてここに来ているんだ?まさか今更になって勉学に目覚めた訳でもないだろう?」
智也「酷い言われようですね。まあ、俺はことりにマネージャーを頼まれて、それでです」
暦は少し間を置き。
暦「ん?おや?何で下の名前で呼んでるのかね?君、ことりと仲、良かったっけ?」
智也「いやいや、単に彼女が気さくなんでしょう」
ことりを見ながら言う智也。
暦「気さく……ねえ」
智也「何か……疑わしいって顔ですね」
暦「いや……それより、ことりを頼めるかい?出来れば付いていてやりたいんだけど、どうしてもやっておきたい実験があるんだ」
と、片手に持った薬品を振りながら言う。
智也「うー……ん、そうですね……」
智也が決めかねていると。
暦「藤倉。私の実験、手伝う気、ある?」
智也「全身全霊でご看病致します」
身の危険を案じた智也は即答した。
暦「そこまで即答ときたか」
智也「はい、やはり命は惜しいですから」
暦「そうか、それはそれで残念だ、君には前々から興味があったんだが……」
心底残念そうな暦。
智也「……」
――……聞かなかった事にしよう……
暦「ははは……冗談だ。じゃあ、頼んだよ」
智也「はい」
暦は立ち上がり、戸を開いたがすぐ振り返り。
暦「妹に変な事したらただじゃおかないからね」
智也「は、はい!」
暦「……よろしい」
――……はあ
こうして智也は、ことりが目覚めるまで付き添う事になったのだった。

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