小説『D.C.〜Many Different Love Stories〜』
作者:夜月凪(月夜に団子)

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Scene19

もう季節も秋に差し掛かったのか、まだ残暑は残るものの、時折肌寒く感じる日も出てきた。
長かった夏休みも過ぎ、風見学園も今日から二学期を迎える。
純一「おーい、音夢、頼子さーん。準備できたかー」
ここ、朝倉家に居候している鷺澤頼子は、今日から風見学園に通う事になっていた。
夏休みに行なった特訓により、頼子の外出恐怖症は少しではあるが解消され、本人の希望もあり、決まった。
勿論、外出恐怖症や対人恐怖症の克服も目的に入っているが、本来の目的は頼子の思い出作りだ。
当然、タダで入学できる訳もなく、編入試験は大きな難題ではあったが、そこはIQ180で編入試験経験者のさくらとクラスでも良い成績を収めている音夢の的確且つ分かり易い授業もあり、努力家の頼子は難なく合格した。
頼子曰く「テストよりも、前に座っている、先生……でしょうか?その人の方が気になってしまいました」とテスト後に言っている。何とも頼子らしい感想だった。
頼子「すいません。制服を着るのに手間取ってしまいまして……」
純一「ああ――」
最初だから仕方ないよ。そう言おうとした純一は頼子を見て言葉を呑んだ。
普段はメイド服しか着ていない(それしか持っていない)頼子の制服姿は実に新鮮だったからだ。
普段見慣れて、何となく味気なく思っていた風見学園の制服だが、純一はまるで真新しいものを見るかのように見とれてしまっていた。
頼子「あの……純一さん?」
純一「え?ああ、何?」
ハッと我に返る。
頼子「あの……私、どこか変ですか?」
自分の服装を確認しながら不安げに訊く頼子。
純一「あ、いや……違うんだ。頼子さんすごく征服似合ってるから、つい」
それを聞いた頼子はしばしキョトンとしていたが、すぐいつもの笑顔に戻り。
頼子「ありがとうございます」
音夢「ごめんね、兄さん。頼子さんの着替えに時間がかかっちゃって」
純一「あ、ああ。じゃあ、行くか」

教室。

杉並「おお、朝倉兄妹、話は聞いたぞ」
純一と音夢が教室に入ってくるなり、杉並がいつもにないハイテンションで近づいて来た。
その後ろには信と智也もいて、興味深げに二人を見ている。
純一「……お前か、信」
信「別に隠す必要はないだろう?それより、頼子さんはどのクラスになったんだ?」
音夢「一組ですよ」
純一達は教室に来る前に職員室に頼子を連れて行っていた。
その時に聞いたのである。
智也「で、何でその子が朝倉んちに居候してるんだ?」
純一「信……」
信「まあ、これも隠す必要はないだろう?」
杉並「例え隠していても、いずれは分かる事だ」
工藤「お前ら、もうその辺にしてやれ」
三人を静止させる工藤。
純一「工藤、ここで頼れるのはお前だけだ」
工藤「大げさなんだよ。それに……朝倉だって人に言えない様な事の、一つや二つ、あるだろう?」
と、遠い目をしてポンポン、と純一の肩を叩きながら言った。
純一「おいっ……工藤?」
智也「安心しろ。どんな事があっても、俺達はお前の味方だ」
工藤に続いて言う智也と、うんうんと頷く杉並と信。
純一「信!杉並!お前ら二人に何を吹き込んだ!」
杉並「なーに、大した事は言っていない」
信「何ならもう一度言ってもいいが」
純一「……もういい」
純一はもうこれ以上は無駄だと思うと今後の学園生活を案じつつ、自分の席に着いた。

そして、午前の授業が終わり、昼休み。

純一達は改めて、みんなに頼子の紹介をする為、食堂に来ていた。
純一「それで、彼女が今度ここに入学した、鷺澤頼子さん」
頼子「初めまして、鷺澤頼子と申します。今は朝倉家にメイドとして、お仕えさせて頂いてます、皆さん、宜しくお願いします」
いつもながら礼儀正しく自己紹介する頼子。
ちなみに、今ここにいるのは朝倉兄妹、美春、ことり、さくら、環、アリス、工藤、ななこ、師走、砌、智也だ。
師走「メイド!?メイドって、あのメイドか?」
頼子の言葉に、みんなは少なからず衝撃を受けた、ななこに至ってはいつの間にかメモまで取っている。
事情を知らない八人、十六の視線が純一ただ一人に向けられた。
純一「ちがっ……じゃなくて、そうなんだけど……何て言うか、その……」
純一は何とか事情を説明しようとするが、何しろその事情が事情なだけに、上手く説明出来ないでいた。
――まさか、拾って来たとも言えないし。もしそんな事言ったら……
砌、アリス、環、ことりはあまり表情に出さないだろうが、師走は騒ぎ立てるだろうし、ななこはより一層メモ取りに励むであろう。
ことり「まあ、朝倉君にもいろいろ事情があるみたいですし……。鷺澤さん、改めて、よろしくね」
頼子「はい、よろしくお願いします」
ことりを筆頭にみんなも次々と頼子と言葉を交わした。
とりあえず、ことりのフォローに、純一は救われた。
ななこ「でも、最初にその耳を見た時は、正直驚きました」
ななこは改めて頼子のネコミミを見ながら言った。
工藤「うん、最初はアクセサリーか何かだと思ったよ」
頼子が学園に行くに当たって一番問題に挙がったのが、その『ネコミミ』であった。
当初はヘアバンドか帽子で隠す事になっていたのだが、どうせいずれはバレる可能性が高いのでそのままにする事にした。
思った通り、頼子が一組で自己紹介をした時には、さくらを除くクラス全員が信じられないと言った様子だったが、ここは一年中枯れる事無く咲き続ける桜等、他では考えられない事が多々ある島なので、みんなも少ししたら慣れ、今では普通に頼子に接している。
それは、今ここにいるみんなも一緒だった。
美春「そう言えば、もうそろそろ学園祭ですねー」
ここ、風見学園で開かれる学園祭は、結構盛大なもので、数十箇所に及ぶ模擬店、音楽部のコンサートも行なわれる。
もう約一週間後と日が迫って来ているのか、準備に追われている者も多い。
純一達のいる食堂でも、喫茶店を開く生徒が打ち合わせをしている。
環「学園祭って、どのような事をするんですか?」
音夢「そっか。胡ノ宮さんは初めてなんですね」
ななこ「結構賑やかですよ。お店もいっぱい出るみたいですし」
さくら「ボクも初めてだけど、今からすごく楽しみだよ」
智也「ことり達も演奏するしな」
ことり「はい。皆さん、是非、聞きに来てください」
師走「月城も初めてだよな?」
師走の問い掛けに、こくんと頷くアリス。
その後も、みんなは学園祭の話で盛り上がった。

放課後。

各々が学園祭の準備に取り掛かっている中、智也もことり達の練習の為、音楽室に行こうと席を立った。
杉並「マネージャーも大変だな」
智也の目の前にはいつの間にか現れた杉並。
智也がことり達のバンドのマネージャーになった事は、先の夏休み、智也自身が音楽室でマナーの悪い男子生徒達を追い出す際に公言したため即座に広まり、今朝も智也が教室に入れば、クラス中の男子から羨望や恨めしげな、時折殺気の混じった視線が向けられたほどだ。
智也「ああ。だから早くそこを退いてくれ」
杉並「まぁ待て。実はお前に少し用があるんだが」
智也「俺はお前に用はない」
杉並「この際、お前の事情はオール却下だ」
――……おい
智也「……分かった、だけど手短にな」
智也はここで抵抗を続けるよりはとっとと用を済ます事にした。
杉並「今度の学園祭で、手芸部がミスコンを開く事は知っているだろう?」
智也「ああ」
この事は朝から話題になっていたことで例年ただ作品を展示していただけの手芸部が今年はその作品を使って『ミス風見学園コンテスト』などと言うものを開催する気らしい。
杉並「そこでだ。やはりそういうイベントには『華』となるべき者が必要とは思わないか?」
智也「……何が言いたいんだ?」
杉並「要するに、お前に白河ことりがミスコンに出場してくれるよう打診を頼みたい」
杉並はそこだけ智也の耳元に近寄り小声で言った。


――はぁ……
音楽室に向かう智也は足取りが重かった。
――杉並の奴……しかし、あいつの言う通りにしないとそれでこそ根も葉もない事を言いふらされかねない……
そんな事を思いつつ、音楽室に入る。
みっくん「バイバーイ」
ともちゃん「バイバイ」
ことり「バイバイ」
智也「じゃあ、また」
いつものように練習を終え、校門前で家が別方向のみっくん、ともちゃんと別れる。
智也「……」
いつもなら、ことりといろいろ話しながら帰るのだが、今日は放課後の事もあってか智也はなかなか話しかけれないでいた。
ことり「……」
ことりもそんな智也に合わしているのか無言のままだ。
――ったく……杉並の奴、無茶な事頼みやがって……
ことり「?」
――ことりにミスコンに出てくれなんて、言える訳ないじゃないか……
ことり「!」
――まいったなぁ
ことり「……」
――藤倉君が、困ってる
そう感じたことりは思い切ったように口を開いた。
ことり「あの、藤倉君」
智也「ん?何?」
ことりに話しかけられた彼女の方を向いた。
ことり「何か、あったんですか?練習の時からずっと浮かない顔してるけど……」
智也「あ、ああ。実は……」
そこまで言って再び言っていいのかと、言葉を止める。
それから、しばらく沈黙が続き。
智也「実はな……ことりに、ミスコンに出て欲しいって頼まれてるんだ」
ことり「……」
智也「あ、嫌だったら言ってくれ。俺が断っとくから」
ことり「……いいですよ」
智也はことりのその言葉に、一瞬自分の耳を疑った。
智也「……いいのか?無理しなくても」
智也がそう言うとことりは黙って首を横に振る。
智也「そうか……悪いな」
ことり「いえ……じゃあ、私はこれで」
いつの間にかもうそんな所まで来ていた。
ことり「それじゃあ、また明日ね」
智也「ああ」
ことりは「バイバイ」と手を振ると帰って行った。
智也「……」
――……俺も帰るか
智也はそう思うとそのまま家路に付いた。

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