小説『D.C.〜Many Different Love Stories〜』
作者:夜月凪(月夜に団子)

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Scene21

時刻は正午。
砌達は何気に入った喫茶店で偶然居合わせた眞子とさくらと頼子とで昼食を取っている。
眞子「……ずっと思ってたんだけど、ここって『喫茶店』って言えると思う?」
みんなの共通の疑問を眞子が口にした。
普通、こういう所でするに限らず喫茶店の店内にはウェイトレスが数人配置され、オーダーを受けるものなのだろうが、ここはそうではなかった。
注文は食券を購入し、それを厨房まで持っていく、と言うのは変わってなく『喫茶店』と言うよりいつもの『食堂』である。
一言で言ってしまえば新鮮さがあまり感じられなかった。
師走「微妙……てかこのメニューは意味があるんだろうか?」
唯一いつもと違っているのは各テーブルにメニューの紙が配置されている事ぐらいだろうが、結局は券売機まで行かなければならないのでこれもあまり意味を成していなかった。
何だか入り口にあった『本格派』の文字が悲しく見えてきた。
アリス「ここの喫茶店開いてるの書道部です」
学園祭のパンフレットを開きながらアリスが言った。
頼子「書道部でしたらあちらでお化け屋敷を開いてましたよ」
アリス「……本当です」
再びパンフレットを見たアリスが決定付けた。
さくら「うわ……ある意味、すごいよね」
環「皆さん、熱心なんですね」
苦笑いを浮かべるさくらと感心する環。
砌「年に三回しかない部費の稼ぎ所だからな、熱くなるのも分かる」
それぞれの部費は風紀委員と中央委員が決める予算である程度支給されるのだが、ほとんどの部が機材や用具購入等で足りないのが現状である。
だから、学園祭、クリスマスパーティー、卒業パーティーの三つの行事で盛大な『戦争』が行なわれるのである。
そしてこれが、それぞれの行事がこれほどまでに賑わう理由であったりもする。
その事で一部で、これは中央委員と風紀委員が行事を活気付ける為の作戦だ。との噂まで流れているが両委員もその事について声明等は出していないから定かではない。
眞子「そう言えば、杉浦君。剣道部は何やっているの?」
砌は剣道部に所属している、その腕もかなりのもので学園内でも有名であった。
砌「ああ、外で屋台開いてる」
どの部の部員も総動員してこの学園祭に臨んでいる、なんせこの結果しだいで今後の活動方針が決まるのだ、手は抜けない。
環「砌様は何かなさらないのですか?」
砌「ああ、他の部に反対されててな」
砌はその実力も相まって学園内でも特に女子からかなりの人気がある、そんな砌が店頭に立てばその経済効果は明らかで、剣道部が圧倒的有利だ。
それを懸念した他の部が「学園祭及び各行事における経済活動は全ての部において平等でなければならない」と主張、杉浦砌が今後金銭のやり取りが行なわれる模擬店及びその他の出し物に助力することを禁じろと要求してきた。
当然剣道部がその要求に応じるわけもなく、一時は学園の議題にまで発展した事は記憶にも新しい。
結局、これ以上問題が発展することを恐れた風紀委員がやむなく要求を受け、剣道部も渋々承諾し現在に至っている。
環「?」
その事を知らない環は何故だか分からないと言った様子できょとんとしている。
さくら「ねぇねぇ、もうそろそろ時間だよ」
食堂に掛けられている時計を見てさくらが言った。
眞子「あ、本当、もう行かないと場所なくなっちゃうかも」
そして、みんなは『喫茶店と言う名をした食堂』を後にした。
音楽室にはまだ開演まで時間があると言うのに、もうかなりの人だかりになっていた。
みっくん「すごいよ。このままだと、すぐ満員になりそう」
音楽室に入って行く人達を見てきたみっくんが言った。
一緒にその場にいるともちゃんも驚きながらも嬉しそうだ。
ともちゃん「すごいね、ことり」
ことり「う、うん」
そんな二人とは対照的にことりは緊張しているのか不安げな表情で音楽室に入る人々を見ていた。
そんなことりを心配そう面持ちで見ているみっくんとともちゃん。
みっくん「やっぱりことり、緊張してるのかな?」
ともちゃん「うん、無理もないよね」
観客は未だ途絶える気配はなかった、このままだと開演には超満員は確実だ。そんな中で緊張するなと言う方が無理な注文である。
それから二人はしばらく何かを話し、お互いに頷いた。
みっくん「藤倉君」
みっくんは音楽室の入り口で来た人達を誘導している藤倉に声をかけた。
智也「みっくん、どうした?もしかして何か足りないものとか」
みっくん「ううん、そうじゃなくてね、ことりが」
そこで、彼女が何を言いたいのか察した。
智也「ことり……辛そう、なのか?」
みっくん「うん、相当プレッシャー感じてるみたいで……ことり、人の気持ちが分かる子だから」
智也「そう、だな」
智也はみっくんやともちゃんほどことりとは長い付き合いじゃないのでよく言えないが、夏休みの間の練習で彼女の気遣いの良さなどはよくわかったつもりだ。
みっくん「藤倉君が、元気付けてあげてくれませんか?」
智也「俺が?」
そう訊くとみっくんは頷いた。
智也「そういうのは、親友の二人の方が良いんじゃない?」
みっくん「ううん、藤倉君の方がきっと良いんだろうなって……藤倉君といることりを見るといつも思いますよ」
智也「そ、そうか?」
みっくん「はい」
にっこり笑って頷く。
みっくん「ここは私に任せて、言ってあげて下さい」
智也「あ、ああ」
頷くとことりの元へ向かった。
――大丈夫……かな?
――みんなの期待通りに、私……歌えるかな?
人が入ってきたのか、だんだん賑やかになるにつれ、ことりの不安は募るばかりだった。
と、その時。
智也「ことり」
声のした方を向く。
ことり「藤倉、君」
勤めて明るく言ったつもりだが、その声は不安とさまざまな想いが重なり正反対のものになっていた。
智也「……」
智也はしばらく沈黙していたが。
智也「ことり、ちょっと付き合ってくれないか?」
と、極めて明るく言った。
ことり「え?」
当然且つ予想外な発言に戸惑うことり。
ことり「で、でも、もう時間が」
智也「いいから、早く」
そう言うや否やことりの手を引きそのまま走った。
始めは突然の事に驚くばかりだったが、走っているにつれ彼女はただ連れられるままだった。
眞子「何か、結構な大所帯になってきちゃったわね」
ことり達のコンサートを聴こうと音楽室に向かっていた砌、師走、環、アリス、眞子、さくら、頼子だったが、途中でぶらついていた純一、二人歩いていたななこと工藤、寝ながら歩いている萌と立て続けに合流した。
結局、行き先は一緒(一名を除いて)だったのでそのまま歩いている。
さくら「ねえねえ、頼子さんは何してたの?」
頼子の隣を歩いていたさくらが彼女に訊いた。
頼子「私ですか?私は、あの喫茶店に行くまではななこさんと工藤さんとで絵を見てました」
さくら「絵?」
さくらが再度頼子に訊く、と同時になぜかななこが驚いたように体を振るわせた。
頼子「はい、美術部……でしょうか、いろいろな絵がありましたけど、どれもとても上手で、見ていて飽きませんでした」
頼子の言葉に工藤も同意に意味で頷く。
工藤「うん、でも、ななこさんの絵もとてもよかったと思ってるよ」
再度ななこの体が震える、時折咳き込む声も聞こえてきた。
眞子「へぇ……あれ?ななこって美術部入ってたっけ?」
ななこの小学校からの友人である眞子が興味深げに訊いた。
ななこ「い、いいえ、そうじゃないんです。授業で絵を描いてたら美術部の子に出展してみないかって頼まれて、それで」
彼女の言葉にみんなが感心の声をあげた。
萌「ななこさんって絵がお上手でいらしたんですね」
ななこ「い、いえそれほど上手いってわけでも……」
アリス「見てみたいです」
さくら「やっぱり、将来はそういうの目指してるの?」
とさくらがそれはそれは興味深げに訊いた。
目なんかきらきらしている。
ななこ「いや、そういうわけじゃ……ちょっとした趣味で」
頼子「でも、趣味であそこまでうまく描けるなんて、やっぱりすごいですよ」
眞子「うん、あたしもななこの絵、見てみたい」
ななこ「み、水越さんまで」
なんて事話してるみんなの周りも音楽室に向かう人が増えだしているのか、だんだん騒がしくなってきた。
環「こうして見てみますと、白河さんってやっぱりすごいですね」
純一「そうだよな、藤倉の話だと最高だって話だぞ」
萌「それは楽しみですー」
アリス「確か、藤倉先輩って白河先輩たちのマネージャーをしてるんですよね、クラスの男子達が言ってました」
アリスの言葉を確信付けるかのように周りにいる男子生徒も一年から三年と男女共々それはそれは大勢いた。
どうやらことり効果は学園全体に広がっているらしい。
師走「でもこの様子じゃ、場所取れそうもないな」
眞子「それは、仕方ないんじゃない?――え?」
軽く笑みを浮かべながら眞子は一瞬はいってきた光景に目を疑った。
――……ううん、そんな事あるわけない……あったら、おかしい
眞子の目に一瞬だけ映った二つの人影。
その二人とも、眞子はよく知っている人物だ。
眞子は目を擦り、もう一度見た所を見た――が、もうそこにはその人影はなく、他の生徒が歩いている姿が見えるだけだった。
眞子は気のせいかな……と思った。いや、単にそう思いたいだけなのかもしれない。
さくら「あれ?眞子ちんどうかした?」
呆然と一点を見つめている眞子にさくらが声をかけた。
その声でハッと我に返る。
――うん、やっぱりそんなわけないよ
眞子が見ていた場所は音楽室から反対方向だ。
――きっと見間違いだよ。藤倉と白河さんがあんなとこ一緒に走ってるなんて……ありえないもの
眞子「ううん、なんでもないよ」
眞子は自分にそう言い聞かせると明るい声で答えた。
かくしてことり達の演奏会は大盛況の下で幕を下ろした。
しかし、眞子は開演中、ずっと別の事を考えていた。
眞子「……やっぱり」
演奏会は大成功だった。
唯一つのアクシデント……開演がほんの少しだが遅れたことを除いて。
しかし、その事が眞子の心に何かを確信付けるには十分すぎる事は言うまでもなかった。

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