小説『D.C.〜Many Different Love Stories〜』
作者:夜月凪(月夜に団子)

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Scene22

『ミス風見学園コンテスト』
手芸部が主催する今年の学園祭の目玉イベントであり、表向きは手芸部が製作した衣装のファッションショー。裏向きは風見学園一美しい女生徒を決めてしまおうと言う、いかにも男子生徒の受けを狙った企画である。
果たしてその狙いは大当たり。
会場は体育館なのだがステージから一番近い前列の席を取ろうと一時間以上も前から並んでいる奴も少なくない。
中には団体で場所を予約してしまう奴らまで出てくる始末である。
純一「げっ、もうこんなにいるのか……」
純一達一行はミスコン出場者でさくら、眞子、そして音楽部を手伝いに行く萌と別れ(萌は妹の勇姿を見れないことをすごく残念がっていた)演奏会の後片付けを終えた智也と合流してからなるべく早めに来たつもりだが、会場は既に満員に近かったので慌てて入った。
師走「うわ……なんだ、あれ」
みんなはその客の多さにも驚いたが中に入ってからも驚かされた。
ステージ手前を鉢巻やら半被、中には団扇まで装備した集団が陣取っていた。
彼らは時折勝手な雄叫びをあげる等し、何だかあそこだけ気温が他より五度くらい高いのではないかと思わせるほどの熱気に包まれていた。
工藤「すごいな……」
頼子「皆さんすごい気合ですね」
環「はい、私もそう思います」
アリス「……」
何も分かってない頼子と環。感心しているしアリスは驚きのあまり目を見開いてしまっている。
杉並「ふむ、あれが我が学園に多数存在すると言う非公認ファンクラブ達か……まさかこれほどの規模だったとは」
その代表的なのが非公認白河ことりファンクラブ『白河ことり親衛隊』である。
実質風見学園に存在する非公認ファンクラブは多彩だがその代表で最大規模なのがそれである。
他にも『朝倉音夢親衛風紀委員隊』と言うものもあり、風紀委員の休憩時間がこの時間帯なのも彼らの仕業と言われている。
他にも今度新設されたと言われている『さくらちゃん親衛隊』や音夢と同じく風紀委員内、それも下級生が多数所属すると言われている『天枷美春ブリーダー隊』等もある。
一方、男子系の親衛隊と言えば『杉浦砌支援隊』『工藤叶清純派隊』が最大手として君臨しておりその僅差で決して男ではないが会員が女子で構成されている『水越眞子歌劇団』や好き者が集まる『杉並親衛工作隊』等がある。
毎回杉並の脱出を手助けしているのは実は彼女達の仕業だったりするとかしないとか。
それはともかく。
純一「す、杉並?!何でお前がここにいる?」
智也「お前、確かに風紀委員に捕まったはずじゃ……」
突然の杉並の出現に誰もがそれなりに驚いたのだが中でも一番驚いたであろう二人が言った。
杉並「言っただろ?わんこ如きに捕まる俺じゃない、と」
杉並は誇らしげにそう言った。
それとは正反対に智也と純一は呆れた表情で彼を見た。
杉並「まあ、そう邪険にするな。ちゃんと席も取っている」
さすがに最前席は無理だったがな。と苦笑を漏らしつつ指差したのは最前ではないにしろステージから真正面でかなり良い席だ。
ななこ「うわー、結構大変じゃなかったんですか?」
ななこが感心な声をあげた。
杉並の言うとおり、席数はちゃんと人数分5席ずつ2列取ってある。
環「あら?……あそこに立ててある旗は、何でしょう?」
それはみんなも見ていた。
見た瞬間、智也と純一はどんよりと憤慨の眼差しで杉並を見た。
杉並「結構競争率が高くてな。使わせて貰った」
空いている座席、計二列十席のそれぞれ中央の席に。
『白河ことりマネージャー及び水越眞子推薦の藤倉智也以下五名特別指定席』
『朝倉音夢の兄及び芳乃さくらのお気に入りの朝倉純一以下五名特別指定席』
と描かれた旗がひらひらなびきながら掲げられている。
純一「お前な……」
杉並「悪く思うな。各親衛隊を黙らせるにはこの方法しかなかったのだ」
智也「だからってな。あんな物まで立てる必要あったのか!?」
杉並「いや、あれは単なる趣味だ」
その後拳を振るわせる二人以下十名は「諸悪の根源」に促されるまま席に着いた。
ななこ「皆さんどのような衣装を着るか楽しみです」
頼子「はい、きっと音夢さんやさくらさんはとても綺麗なんでしょうね」
環「私も今から楽しみです、月城さんはどうですか?」
アリス「私も、楽しみです」
コンテストが始まるまでの待ち時間、もう待ちきれない様子の頼子、環、ななこ、アリスはワクワクしながら開始時刻を待っていた。
ななこはもうメモをスタンバっているほどだ。
師走「なあ、みんなは誰に投票するんだ?」
師走が訊いた。
砌「全部見てから決めるに決まってるだろ」
工藤「俺もそのつもりだ」
みんなも次々に頷く。
それが一般の意見だ……一部前列付近で騒いでいる連中を除いてだが。
この風見学園ミスコンテストは参加者の一通りのアピールタイム(正確には手芸部が事前に用意した質問)が終わると会場の客全員に投票してもらうシステムになっている。
杉並「まあ、そこの二人はどうか知らんがな」
声が聞こえたのか周囲の生徒もその二人に注目する。
その二人智也と純一はほぼ同時にため息をついた。
杉並が言いたいのは純一、智也がそれぞれどちらを選ぶか?である。
智也は、ことりか眞子。
純一は、音夢かさくら。
この事は会場の約三分の二以上の客にはもう知れ渡った。と言うよりあの旗の所為もあってか、最初から明らかだった。
音夢と純一の仲の良さは学園内では有名で、同じく今年入学してきたさくらが純一に以上に接近している事も周知の事実。
同じく智也も以前から、正確には二年の三学期頃からだが眞子との噂も広まっている。その事は智也本人も知っている事でただ聞いて聞かない振りをしているだけだ。
さらに、今回ことりのマネージャーをすること等で新たな噂も広がっている
。さらにさらに幸か不幸かその四人は全員今回のミスコンに参加しているのだ。果たして二人はそれぞれ誰を選ぶのか?それは密かに今回のミスコンの注目すべき事の一つになりつつあった。
「あー、あー……えー、只今、マイクのテスト中……」
アリス「始まるみたいです」
「大変長らくお待たせしました。ではこれより、手芸部主催、第一回ミス風見学園コンテストを開催したいと思います!」
うおおおおーーーー!
司会者の言葉の後に今まで溜めてきた熱気が体育館内に放出された。
開催して間もないのにもう会場のボルテージは最高潮に達していた。
「では、早速行きましょう。エントリーナンバー1番、我が手芸部の期待の星!三年一組、朝倉音夢さんでーす!」
うおおおおーーー!!
音夢の名前が呼ばれると共に最前列の一部――「朝倉音夢親衛風紀委員隊」から一際大きな歓声が響いた。
その後にドレスに身を包んだ音夢が現れたら歓声は絶叫へと変貌していた。
頼子「わー、音夢さんとても綺麗です」
ななこ「本当ですね」
工藤「朝倉、お前はどうなんだ?」
純一「えっ?……あ、ああ……そうだな」
声をかけられ、純一はハッとなった。正直目の前にいた音夢に見とれていたのだ。
純一「そ、そうだ杉並。お前なんか仕掛けてるんじゃないだろうな?」
それを誤魔化す意味も含めて、純一は杉並に訊いた。
杉並「ん?あれは冗談だと言っただろう?」
さらに、信用できないと言いたいような顔で睨む純一を見て。
杉並「安心しろ。メインイベントはもっと後になってからだ」
それを訊いた純一は仕方なく目線をステージに戻した。
一方、ステージ上では司会者のどうでもいい質問を周りから見ればいつもどおりに、朝倉から見れば八方美人の『裏モード』で軽く流した音夢が最後に礼をしている所だった。
杉並「お、そう言えば……砌」
ステージでは二番目の子が質問攻めにあっている頃、思い出したように言った。
砌「何だ?」
興味無さげにステージを見ていた砌が杉並の方を向く。
杉並「ああ、実はお前に確認したい事が――」
そこまで言うとチラッと環の方を見た。
その環はと言うと頼子やななこ、アリスと一緒にステージに注目している。
砌「何なんだ?確認したいことって?」
杉並「ああ、胡ノ宮嬢の事で信から興味深い話を聞いてな、その事について、だ」
砌「興味深い……?」
砌は少し考えて一つ思い当たる節があるのに気付いた。
砌「……食堂、か?」
杉並「ご名答」
環は風見学園に転向したその日に巫女姿になって食堂で矢を放ったと言う珍事があった。
砌「それがどうかしたのか?」
杉並「いや……こちらもまだ調査中でな。今回は食堂の事件のことでお前に確認を取りたかっただけだ」
そう言うと「それでは、俺はこの事も含めて信に用があるのでな」と言い残し、一人体育館から出て行った。
「さあ、どんどん行きましょう。次はエントリーナンバー4番、三年一組水越眞子さんです!」
ななこ「次は水越さんですね」
智也「……てか、やっぱり出てるのか」
純一「でも、まさか眞子が出るとは思わなかったな」
師走「芳乃さんと水越さんが話してるのがちょっと聞こえたんだけど、芳乃さんが「これで藤倉君もイチコロだね」……とか何とか言ってたぞ」
智也「そ、そうか……」
智也はここから逃げ出したいと思った、しかし、実行できない。
もし逃げ出したら、後で眞子だけではなくさくらにまで何か言われそうな気がしたからだ。
そうこう言っている内にドレス姿の眞子が現れた。
その瞬間湧き上がる歓声の中に女子の声も含まれたような気がするがみんな気にしてなかった。
「水越先輩、素敵です!」
等と言った女子の声があちこちから響く
アリス「水越先輩、綺麗です」
師走「どうだ?藤倉、感想は?」
智也「ま、まあ、良いんじゃないか?」
工藤「とか何とか言って、見とれてたんじゃないのか?」
「違うよ」と言ったものの眞子が出て来た時、智也は一瞬目を奪われた。
壇上の眞子にいつもの強気な感じは見られず、少し恥ずかしがっているようにも見え、眞子の意外な一面を見たような気がした。
そして、その次は。
「さて、続いてエントリーナンバー5番、三年三組、芳乃さくらさんです!」
「かわいいー」
「お人形さんみたい」
純一「見たまんまだな」
ななこ「でも、本当に可愛いですよ、芳乃さん」
壇上のさくらは司会者の質問に順調に答えている。
しかし、最後の質問で純一本人は凍りついた。
「えー、では最後に、芳乃さんの意中の人とは?」
するとさくらは。
さくら「ボクの好きな人はね……お兄ちゃんだよー」
純一「っ!?」
純一はその一言に凍りついたが他はそう驚いていない。
理由は実に単純で普段から朝倉にべったりなさくらがそんな事を言っても「いまさら……」みたいな感じになっているのである。
つまり周知の事実と言うことだ。
さくらは「あ、お兄ちゃん来てくれたんだー」と手なんか振っている。
純一は前方のがたいの良さそうな男子生徒……さくらちゃん親衛隊のメンバーから殺意のこもった視線を向けられていた。
そんなこんなでコンテストは進み。
「残念な事に本コンテストも最後の一人になってしまいました。では行きましょう!エントリーナンバー23番!会場みんなが待っていました!三年三組、風見学園アイドル!白河ことりさんで――」
うおおおおおーーー!!!
司会者の言葉は途中で物凄い歓声でかき消された。
ことり本人が出てくるとそれはさらにエスカレートしまるで会場全体が揺れているかと思わせるほどだった。


智也「じゃあ、改めて優勝おめでとう」
智也はそう言って拍手した。
ことり「ありがとっす」
ことりは苦笑いを浮かべながらもそう言いながらVサインして見せた。
文化祭終了後、智也、ことり、みっくん、ともちゃんとで軽い打ち上げを終えて、帰るところだ。
智也「でも、ホント良い勝負だったよな」
智也はつい数十分前の事を思い出しながら言った。
ミスコンの投票結果は音夢とことりが同点となり、急遽決められた決選投票でことりが優勝した。
司会者が最後に。
「この学園の歴史に残る名勝負を称えて、皆さん、拍手をお願いします」
といい、一部総立ちの素晴らしい?最後となった。
ことり「もうこりごりです」
と、疲れたように笑う。
ことり「でも、あの時は本当にありがとうございました」
と言って軽く頭を下げることり。
あの時とはことり達の演奏直前の事だ。


あの時、智也はことりを屋上まで連れて行った。
そこで。
智也「自分が好きなように歌えば良いんじゃないか?」
ことり「え?」
智也「誰がどう思おうと自分が歌いたい歌を歌えばいい……よく分からないけど、俺はそう思う」
ことり「藤倉君……」
智也「大丈夫!ことりの歌の凄さは俺が保障する、絶対成功するよ」
ことり「……うん!」
と力強く頷いた。


ことり「藤倉君のおかげでだいぶ気が楽になったから」
智也「いやいや俺はマネージャーの役目を果たしたまでだよ」
ことり「……ありがとう」
ことりはそう言いながら前を歩く智也には聞こえないようもう一度言うのだった。
その頃、水越眞子は憂鬱だった。
文化祭の後片付けの時もその事ばかり考えていた。
ミスコンの時はあまり考えないようにしていたがやはり気になってしまう。
一瞬だけ見えた、一緒に走る智也とことりの姿。
そして、二人の手は――
そんな事を考えている眞子の目にある物が写った。

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