小説『D.C.〜Many Different Love Stories〜』
作者:夜月凪(月夜に団子)

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Scene25

学園祭から一月が過ぎようとしたある日の昼休み。
智也は先の大戦での戦利品(焼きそばパンとコロッケパン、各一個)を手の中で遊ばせつつ中庭に来ていた。
懸念していた中間テストも三日連続の徹夜で死にそうになりながらも乗り切り、そのテスト終了後独特の開放感で、たまには外で食うのもいいかな、と来たのだ。
そんな智也の横を忙しない感じで生徒が通り過ぎる。
学園内は、早くも今度あるクリスマスパーティーの準備に追われている。
クリスマスパーティーは風見学園三大行事の一つで、何かと祭り好きなこの学園ならではの行事である。
学園祭、中間考査の次はほぼすぐにクリスマスパーティー。
テスト後の開放感をそのままパーティー準備に生かそうとは、よく考えたもんだと、智也はつくづく思った。
――それにしても、さすがに外は寒いかな
十二月に入った気温は廊下にいても肌寒く感じるほどだ。外の気温は十分想像できた。
――こんなに寒いんじゃあ、誰もいないか
そんな事を思いつつ戸を開けて中庭に出る、十二月の風が吹きつけ智也は身震いした。
智也「ん?」
てっきり誰もいないと思っていた中庭のベンチに見知った少女が腰掛けていた。
智也「ことり」
智也はベンチに近づき、その少女、白河ことりに声を掛けた。
ことり「藤倉君。こんにちは」
ことりは声を掛けられた瞬間は、智也と同様、まさかこんな寒い日に他の人は来ないだろう。と思っていたのか、驚いたように目を丸くしたが、すぐにいつもの愛嬌のある笑顔に戻った。
智也「ことりも来てたんだ。ここ、いい?」
ことりが頷くのを待って智也は隣に腰を下ろした。
智也「ことりも、この寒さに驚かされたクチか?」
早速パンの包装を破りつつ、智也が訊いた。
ことり「はい。まさかこんなに寒いとは思いませんでした……あ」
智也「ん?」
まるで何かを発見したような声をあげることりをパンを含んだ口を動かしながら見る。
ことりは珍しいものを見るように智也を、正確には智也が食べているパン、焼きそばパンを見つめている。
ことり「わあ、そのパン、ゲットできたんですか」
ことりがそう言うのも、ここの購買で売られている焼きそばパンは他のどのパンよりも人気がはるかに高く、その上一日の販売数が極端に少ない。
よって競争率もべらぼうに高く、早く行かないとその姿すら拝めない事から「幻のパン」と呼ばれてもおかしくないパンだからだ。
智也「ああ、どうせパンにするならこいつは押さえとかないとな。命懸けで手にした戦利品だ」
ことり「いいなぁ。私、まだ食べた事ないんですよ」
そう言いながら羨ましげに焼きそばパンを見つめる。
智也にとってかなり食べにくい状況になった。
智也「じゃあ、食べてみる?」
と言って、食べかけの焼きそばパンをことりに差し出す。
ことり「え?いいんですか?でも、悪いですよ」
遠慮することりだが、その顔には「食べてみたい」とはっきり書かれてた。
智也「いいからいいから」
どの道このまま見つめられたままだと食べにくくてしょうがない。
ことり「じゃあ、一口だけ……」
ことりはそう言うとパンを受け取る。
智也「あ、でも大丈夫?それ、青海苔とかふってあるんだけど」
ことり「歯に付く……ですか?それは大丈夫です。食後にはちゃんと歯を磨きますから」
おお、と智也は心の中で感嘆の声をあげたと同時に、やっぱり女の子は違うなあ、とも思った。
ことり「いただきます」
智也「どうぞ」
ことりはわくわくしながら一口食べた。とほぼ同時にその美味しさで頬が緩んでいくのが分かった。
ことり「美味しいです」
ことりは思わず声をあげた。まるで今までこんな美味しいパンを食べた事がない、とでも言いたい様だった
智也「そりゃ、よかった」
ここまで喜んでくれると、命懸けで取ってきた甲斐があると思った。
――……いや、待てよ
と同時にある事に気付く。
――これって……もしかして間接、キス?
そう思ってことりの持っている焼きそばパンを見る。
ことり「……」
ことりも気付いたのか耳の先まで真っ赤にさせていた。
ことり「こ、これって……間接キスですよね?」
しばしの沈黙の後、ことりが口を開く。
智也「あ、ああ……」
と同時に智也はもう一つの事にも気付いた。
智也「そんでもって、そのパンを俺が食べれば、双方的な間接キスってことになるな」
と冗談めかして言うと。
ことり「……!」
聞くな否や、ことりは急いで残りのパンを口に詰め込んだ。
智也「なっ……」
智也はその状況を唖然として見る事しか出来なかった。
しばらくして、ことりは口の中のものを全て飲み込むと。
ことり「ハ、ハハ……全部食べちゃいました」
と、苦笑いを浮かべながら告げた。
智也「な……なんて事を……」
冗談だったのとことりの外見に不釣合いな行動、さらに一瞬で消えた焼き傍パンにショックを受けた。
ことり「やっぱり、間接キスなんて、駄目ですもんね」
智也「いや……俺は一向に構わなかったのだが……」
ことり「わ、私は構いますよ」
そう言うとにっこり笑ってことりは持っていた弁当箱を智也に差し出す。
ことり「はい、私のお弁当あげますから。機嫌直してくださいね」
智也「……やれやれ」
などと言いつつ、内心では得したと思う。
ことり「それ、私の手作りなんですよ」
智也「おおっ、じゃあ、こっちも食べていいよ」
と、まだ包装も破ってなかったコロッケパンを差し出す。
ことり「それじゃあ、遠慮なく」
智也「でも、こりゃ可愛いお弁当だな」
ことりから貰った弁当の中身を見ながら言った。
ことり「そうですか?」
智也「うん、タコさんうウィンナーは基本か?」
ことり「基本です」
きっぱり言って頷く。
智也「んじゃ、いただきます」
ことり「私も、いただきますね」
そう言ってパンの包装を破る。
智也「おおっ、美味い!」
ことりの弁当は色とりどりだし、ちゃんと栄養も考えてあるようだ、何よりかなり美味しい。
どうやらことりは料理もかなりの腕らしい。
ことり「ありがとうございますです」
コロッケパンを両手で持ちながらお辞儀することり。
智也「本当に美味いよ。今まで女の子から弁当貰った事なんてないから、こんな時何て言ったら良いかよくわからんけど」
ことり「そうですか?」
智也「え?」
意外そうな声音に、智也はことりに顔を向ける。
智也「そうだけど?」
ことり「でも、最近学園でよく聞きますよ。ほら、水越さん……」
その名前を聞いた時、智也は自分の顔が顔が引きつるのが分かった。
智也「……眞子か」
その名を口にするとことりは「そうです、そう」と頷く。
智也「眞子、ねぇ……」
――まあ、あいつは「女子」にはかなり人気があるみたいだけど
ことり「ねえ、ねえ、藤倉君」
智也「ん?」
ことりはひそひそと声を潜める、智也は耳を近づけた。
ことり「実際のところ、どうなんですか?水越さんとは」
智也「眞子かぁ……」
そう呟いた時だった。
工藤「それ、俺も聞きたいな」
ことり「あ、工藤君」
工藤は俺の前に立って、爽やかな笑顔を浮かべていた。
工藤「やあ、ことり、隣いいかな?」
ことり「どうぞどうぞ……あ、でもそこだとちょっと冷えるから……藤倉君、ちょっとずれてくれますか?」
智也「ん?ああ……」
横にずれるとことりも少しずれ、ことりをはさんで智也と反対側に工藤が腰掛ける。
工藤「ありがとう」
ただ、腰掛けるだけなのに爽やかで、周囲にキラキラと眩しい何かを生み出していた。
どう間違っても、俺には真似できないな。そう智也は思いつつ見ていると、工藤が小首を傾げた。
工藤「ん?俺の顔に何か付いてるかな?」
智也「ああ、目が二つに鼻が一つ、ついでに唇も付いてるな」
工藤「よかった。それが付いてなかったら、今頃大騒ぎしているところだよ」
さらりと切り返され、少しだけ敗北感を覚える。
工藤「で、藤倉。いい加減はぐらかさないで教えてくれよ」
智也「はぐらかしているつもりはないんだけどな……」
軽くため息をつき。
智也「あいつは、ただの友達だ。それ以上でもそれ以下でもない」
ことり「そうなんですか?」
智也「ああ、確かに一緒にいる事は多いけどな」
そう言うのもあの映画館での一件以来、何故か一層多くなり、この所途絶えていた後輩、それも女子から女の子とは思えない鋭い殺気を感じている。
ことり「何度突き放されても、ずっと想い続けているのか……凄いなあ」
工藤「それだけ想い続けることができるのって、ただそれだけですごい力だよな」
二人が妙にしみじみと呟く。
智也「……ぐっ?!ごほっ、ごほ……」
それを聞いた智也は思わずむせる。ことりが焦らず急がず自分の飲んでいた缶ジュースを差し出した。
智也「……ありがと」
一息ついて言った。
智也「二人して変な冗談は止めてくれ。もう少しで吐き出すところだったぞ。それに心臓にも悪い」
ことり「でも、変な事じゃありませんよね?」
工藤「ああ」
智也「どう言う事だ?」
ことり「だって……」
とっておきといった感じの笑顔をことりは浮かべ。
ことり「水越さんって、かなり積極的だって話じゃないですか」
智也「……そんな事も噂になってるのか?」
うな垂れる。
工藤「気付いてないのは得てして本人だけって言うパターンだね」
声を出さずに工藤は笑う。
――気付いてないって訳でもないが……まさかこれほどとは……
――と言うより、それは俺の恋路の障害物以外の何物でもないんじゃないのか?
ことり「大丈夫ですよ」
智也「え?何が?」
ことり「だから、もし、藤倉君の事が好きな女の子がいたとしたら……誰にも、有無を言わせない位の告白をするんじゃないかなって思うんです」
工藤「彼女以上にずっと藤倉と一緒にいるとか?」
ことり「学園の全学生の前で告白してみるとか。藤倉君は、どっちだと思います?」
智也「え?」
ことり「私と工藤君と、どっちの行動が良いと思いますか?」
――そうだな……
智也「あー……ことりの方、かな」
ことり「ほんとですか?」
ことりはジッと智也を見つめる。
智也「ああ」
智也は多きく頷いた。
工藤「そうか……じゃあ、俺も誰かに告白するとき、そうしようかな」
智也「誰かねぇ……」
そう呟きつつ工藤とことりを見る。
――こうして並んでるのを見ると、美男美女で、すっごいお似合いのカップルなんだよなぁ……
智也「まあいいか……」
空を見上げる。
智也「あ、でもことり」
ことり「はい?」
智也「すっごい恥ずかしくないか?それ」
ことり「あはは、そうかもしれないですね」
苦笑いを浮かべながらことりは言った。
――そうかも知れないレベルなのか?
ことり「だって、相手の為に、自分がどれだけ恥ずかしい思いができるかっていうのは、重要だと思うんですよ」
妙に真剣な顔で、ことりは呟く。
智也「さようか」
ことり「さようです」
そう言ってことりは笑った

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