小説『D.C.〜Many Different Love Stories〜』
作者:夜月凪(月夜に団子)

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Scene26

本格的にクリスマスパーティーの準備が始まり、生徒の中で準備に追われる者も多くなってきた。
そんな学園の屋上でさっきまで萌の作った鍋を美味しく頂いていた智也はこれまた萌の淹れてくれたお茶をすすりつつ、のんびりした午後を過ごしていた。
それはそれで大変良い事なのだが。
――……暇だ
物事には限度と言うものがある、いくらのんびりするのが良い事だと思っていても、暇すぎるのはある意味苦痛だ。
こう言う時は近くにいる人と話しでもして時間を潰すのだろうが、智也にはその道さえも残されていなかった。
現在屋上にいるのは、智也と萌のみだからだ。
眞子がお手洗いにと出て行ってから急に辺りが静まり返ったような感覚すら覚える。
智也「……」
智也はチラッと萌を見るが
萌「スー……」
この日何度も見た萌の寝顔をまた確認して、お茶を飲み干した。
クリスマスパーティーの準備でみんなが忙しなく働いている時に暇すぎるというのは何だか失礼のような気がするのだが、現の暇なので仕方がない。
萌に話しかけようにも本人は気持ち良さそうに寝息をたてているから起すのも可哀想に思える。
しかし、この暇さ加減はとてもじゃないが耐え難い。
――眞子、早く帰ってきてくれ
などという事を心の奥で刹那に願っていると。
「藤倉君」
一番意外な人から声を掛けられた。
それはついさっきまで、安らかな寝息をたてていた萌である。
智也「は、はい。何でしょう?」
萌「一つ、訊いてもいいでしょうか?」
智也「は、はい。どうぞ」
一体何を……と思いつつ突然の展開に戸惑いつつも頷く。
萌「藤倉君は……」
萌はいつになく真剣で周りの空気が少しだけ張り詰めたような気がした。
萌「藤倉君は……眞子ちゃんと、お付き合いしているんですか?」
――……はい?
予想だにしない質問に智也の思考が停止した。
智也「い、いや……そんな事はないですけど」
萌「そうなんですか……」
萌は少し残念そうな、そうでないような表情で頷いている。
本来ならここは明るく軽く受け流したい場面ではあるがいつもは見せない萌の真剣な表情に智也はすっかりペースを崩されている。
萌「それでは……藤倉君は、眞子ちゃんの事が――」
萌が次の言葉を口にしようとした時、扉が開く音がした。眞子が帰ってきたようだ。
萌「それでは、眞子ちゃんも帰ってきた事ですし、そろそろ片付けましょう」
眞子が帰ってくると同時にポンと手を叩き、立ち上がる萌。
眞子「何か、私が帰ってくるまで待ってたって感じね」
智也「当たり前だろ。こんな大仕事には、お前の腕力が必要なんだよ」
と言ったものの、所詮は机を運ぶ位だから大した力はいらないのだが。
眞子「何ですって。……て、お姉ちゃんも笑わないでよー」
その横では萌がくすくす笑っている。
そこには、先程まであった真剣な表情などどこにも感じさせなかった。

次の日の昼休み
純一「つくづく祭り好きだよな、この学園」
純一は目の前で忙しなく働いている同級生たちを見て、率直な感想を言った。
杉並「名前は変わってもやる事はほとんど変わらんからな」
純一達のいる食堂には以前と同じような光景が広がっていた
と言うのは、もう間近に迫ったクリスマスパーティーの準備をしているわけで、今回も食堂は使われるらしく、飾り付けや何やらしている。
ことり「でも、クラスのみんなと何かするのって楽しくないですか?」
一緒にいたことりがそう言うと、隣にいた音夢が同意の意味で頷いた。
智也「そういや、ことりは今回も何かするの?」
何気なくことりに聞いた、ことりは前回の学園祭でコンサートを開き、それは大いに学園祭を盛り上げるのに一役買っていた。
ことり「うーん……本当はやりたかったんですけど、練習の時間もないから、今回はしない事にしたんです」
本当に残念そうに言うことり。
音夢「私、学園祭の時に聞けなかったから、楽しみだったけど。そういうことなら仕方ありませんね」
誰かさんが変な事しなければ、聞きにいけたんですけど。と、純一の隣にいる杉並を見ながら言った
杉並「……となると、今回は注目すべき催し物が少なくなるな、手芸部のミスコンも今回はやらんそうだ」
そんな音夢の目線を無視し、持っていたメモ帳に何かを書き込みながら言う。
純一「へぇ、てっきり続けてやると思ったのにな」
学園祭に手芸部主催で行なわれた『ミス風見学園コンテスト』は学園のアイドル、ことりとその他にも、音夢、さくら、眞子の出場も相まって、学年問わず、多くの男子、女子から大盛況に終わった企画の一つである。
杉並「なんでも、親衛隊同士の席取りで一悶着あったらしくてな」
音夢「それで、中には暴れだす人もいたので、被害が大きくならないうちに、私達で止めさせました。結構苦情もありましたし」
良くないことを思い出した……というように音夢は溜め息をつきながら話す。
杉並「やはりここは、俺が一肌脱がなければならんようだな」
笑みを浮かべて言う杉並に「結構です、杉並君はじっとしていて下さい」と、音夢が釘を刺す。
杉並「……」
音夢「……」
無言でにらみ合う二人、杉並は余裕の表情だが。
ことり「あは、あははは……でも、卒業パーティーは何か歌おうと思うんです」
一触即発の二人(というより一人)の雰囲気を和ませようとことりが言う。
智也「へえ、それは楽しみだな。なあ、純一」
純一「ああ、絶対に聞きに行くよ。そうだろ?音夢」
音夢「え?は、はい、もちろんです」
杉並を睨んでいた音夢はそう言われてそう答えたが、すぐに杉並に視線を戻し。
音夢「と言う事で杉並君。今回もそうですけど、卒業パーティーの時も、大人しくしていて下さいね」
と、言い放った。
杉並「そういうことにしておこう。おっと、そう言えば、興味深い企画があったな」
メモ帳のページをめくりながら、思い出したように言う。
ことり「興味深い、ですか?」
杉並「ああ、別に俺が言わなくても、知る事になるだろうが、芳乃嬢がカップル限定のお化け屋敷を開くみたいだ」
音夢「カップル限定?」
杉並「要するに、男女一組じゃないと入れないってことだな。白河嬢は芳乃嬢と同じクラスだが、何か知らないか?」
ことり「いいえ。そんな話は、一度も」
杉並「そうか。ではクラスの催し物ではないみたいだな。まあ、カップルはもう既に二組ほどできているようだが……」
杉並は智也とことり、純一と音夢を交互に見ながら言った。
純一「な……」
智也「お前、何勝手な事」
杉並「まあ、詳しい話は芳乃嬢から聞くといい。では、さらばだ」
杉並は何か言っている純一と智也、密かに赤くなっている音夢とことりを置いて、食堂を出て行った。
その後四人は杉並が出て行ってから時間にして一分くらいに来たさくらから、お化け屋敷の事を聞かされるのだった。

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