小説『D.C.〜Many Different Love Stories〜』
作者:夜月凪(月夜に団子)

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Scene30

芳乃家でお泊り会を開いた純一達の夕飯を作る予定だった智也がようやく到着した。
眞子「藤倉、遅い!」
と、待ちくたびれていた眞子が声を上げる。
智也「悪い悪い。芳乃さんの家がどこにあるのか聞くの忘れててさ。ホント焦ったよ」
息を切らせながら言う。
萌「では……杉並君が、藤倉君をここまで?」
と、智也と一緒に来た杉並に聞いた。
杉並「あの場に俺がいなかったら一体どうするつもりだったんだか……」
智也「ああ、今回ばかりはお前に感謝している」
眞子「そんな事より、藤倉は何をご馳走してくれるの?」
眞子にそう言われて、智也は思い出したように両手に持った買い物袋を上げてみせる。
智也「今日は俺の特製オムライスをご馳走するよ」
そう言うと、周りから歓声が上がった。
さくら「わー、すごーい」
杉並「ほう、お前にしてはなかなか手の込んでいるものを作るじゃないか」
智也「ははは……喜ぶのはちゃんと出来てからにしてくれ。じゃあ、芳乃さん台所借りるぞ」
そう苦笑いを浮かべながら台所に向かう。
眞子「あ、わた――」
眞子が続いて立ち上がろうとするが、その時。
頼子「藤倉君、私も手伝いましょうか?お料理には少し自信があるので」
純一「そうして貰えよ。頼子さんの料理の腕は凄いからな」
智也「へえ、そうして貰えると助かるよ」
萌「私も手伝いますよ」
智也と頼子、萌が台所へ向かう中、出鼻を挫かれた眞子は中途半端な体勢になってしまっていた。
杉並「ん?どうした水越。ヨガでも始めたのか?」
眞子「えっ?……あ、な、何でもないわよ。ははは……」
そう言うと、眞子はぎこちなくその場で座りなおした。そんな眞子を音夢は心配そうな面持ちで見つめている。
純一「なあ、音夢。眞子の奴どうかしたのか?」
音夢「え?えー……と、どうしちゃったんでしょうかねー?」


頼子「あの……私達は何をすれば良いのですか?」
智也「そうだな……。じゃあ、鷺澤さんは野菜を切って、萌先輩はお皿の用意をお願いします」
萌「分かりましたー」
頼子「はい、任せてください」
二人がそれぞれの作業に移る中、智也もフライパンを駆使してケチャップとご飯を炒め始める。
程なくして周りに香ばしい香りが漂い始めた。
萌「わあー、美味しそうですねー」


頼子「お野菜、切れましたよ」
智也は切られた野菜をフライパンに入れ、ケチャップライスと絡めながら炒めた、ある程度炒めると、一旦火を止め、今度は卵を準備する。もう一つフライパンを温め、といだ卵を流し込み、円形状に広げる。
そこにさっき炒めたケチャップライスを乗せると器用にそれを卵で包んだ。
智也「よし、まず一つ」
出来上がったオムライスを皿の上に乗せると、ケチャップを適当にかける、これで完成だ。
頼子「わー、お上手ですね」
と、手伝って二人も智也の手際の良さに驚き、そして絶賛した。
頼子「私もオムライスには挑戦した事あるんですけど……卵で包むのに苦労しました。何か、コツとかあるんですか?」
そう聞かれた智也は少し考えてから。
智也「うー……ん、そうだな。あまり考えた事ないけど、強いて上げるとすれば、手首の返しと、その力加減……て、とこかな。あまり上手く言えないけど……」
そう言うと頼子は「そんな事ないですよ、とても良い参考になりました」と、お礼を言った。
萌「藤倉君すごいですー。眞子ちゃんにも見せてあげたいです」
それを聞いた智也は思わず、ずっこけそうになったが、何とか持ちこたえ。
智也「ちょっと、萌先輩……なんでそこで眞子の名前が出てくるんですか?」
萌「何でって、最近の眞子ちゃんは藤倉君といる時には本当に良い笑顔をしているんですよー」
と、満面の笑みを浮かべ、かなり恥ずかしい事を言ってのける。
――それって、説明になってないんじゃあ……
頼子「そう言えば、学園祭の時も話題になってましたよね。藤倉君と眞子さん」
智也「なっ……え?」
思いもしなかった頼子の追撃にすっかりうろたえてしまった智也は。
智也「はは、は……あれは、何ていうか、勝手に出た……それこそ根も葉もないことで……」
と、乾いた笑い声を発しながら苦しい言い訳を言うのが精一杯だった。しかし、智也の言う事も全てが間違いではない。一部の学生(杉並等)が事を大きくしたのが事実であることは確実だからだ。
智也「ほ、ほら、早いとこ終わらせないと。みんなが腹空かして待ってる」


眞子「――っくしゅん!」
杉並「水越、風邪でもひいたのか?それとも、誰かが妙な噂でもしているのか……」
訳あり顔で言う杉並。
眞子「妙なって……どんな噂よ?」
鼻をすすりながら眞子が聞く。
杉並「さあ?」
とぼけた風に言う杉並に眞子は溜め息をついた。
さくら「……藤倉君達まだかなー……ボクもう限界だよー……」
そう言いながら机に突っ伏すさくら。
純一「確かに、俺もそろそろ……」
みんなの空腹が限界に達しかけた時。
萌「皆さん、お待たせいたしましたー」
と、救いの女神?の萌が両手にオムライスを持ってやってきた。その後から頼子と智也も同様に入って来る。
さくら「わー!良い匂いー、美味しそうー!」
テーブルに並べられたオムライスを見て、さくらが真っ先に声を上げた。
音夢「うわー……すごい」
杉並「ふむ、藤倉にしては上等じゃないか」
眞子「お姉ちゃんに頼子さんも、少しは手伝ったんじゃないの?」
そう言う純一に頼子と萌は揃って首を振り。
頼子「いえ、ほとんど藤倉君が一人で作ってましたよ」
萌「私達はお皿を出したり、お野菜を切ったりとか、それくらいです」
智也「いやいや、鷺澤さんと萌先輩には本当助かったよ」
さくら「そんな事より、早く食べよー……」
さくらがこう言うので、みんな次々にオムライスを口に運ぶ。
純一「う、美味い!」
さくら「おいしー!」
オムライスを食べたみんなの口から出た言葉は全て純一やさくらと同じような事だった。
杉並「ふむ、この卵のとろとろ感が絶妙だな」
頼子「とても美味しいです」
萌「見た目も美味しそうでしたけど、食べてみてもとても美味しいですー」
純一「うん、見た目だけの誰かさんとは大違いだな」
そう言いながら、横目で音夢を見る純一。
音夢「兄さん……まだそんな事を。でも本当に美味しい……ね?眞子」
眞子「うん……」
小さくうなずく眞子。
智也「どうした眞子?あまりの美味さに言葉をなくしたか?」
智也は茶化すように言ったが。
眞子「うん……藤倉がこんなに料理上手なんて思わなかったから、驚いちゃって……」
智也「え?あ、ああ、そうか」
智也は予想外の眞子の返答にすっかり拍子抜けしてしまった。
そして、さっき萌に言われた事を思い出して、照れ隠しに顔をかく。
こうして、智也の手料理は大好評の内に幕を閉じた。



純一「あー、食った食った」
智也「あんなんで良ければ、またいつでもご馳走するよ」
片付けを済まして戻ってきた智也がそう言った。
頼子「藤倉君は他にどんな料理を作るんですか?」
智也「え?そうだなー……大概炒め物とかかな、早いし簡単だし……炒飯とか、野菜炒めとか……そんなの、でも、どうして?」
自分の話を真剣に聞いている頼子に智也は思わず聞いた。
頼子「はい、私はお料理が好きでよくやってるんですよ。それで……藤倉君、良かったら、料理のコツとか教えてくれませんか?」
頼子はその後に「炒め物は何度か挑戦した事あるんですが上手く出来なくて……」と付け加えた。
純一「ああ、そう言えば、頼子さんはカレーとか煮込む料理は良く作るけど、炒め物はやらないよね?」
と、純一は思い出したように言った。
頼子「はい、フライパンがあまりうまく使えなくて……。藤倉君、お願いできないですか?」
智也「うん、そういう事なら全然良いよ。また時間がある時に」
智也がそう言うと頼子は嬉しそうにお礼を言った。
音夢「でも、あのオムライス、美春にも食べさせてあげたかったな……」
と、その横で音夢が呟くように言った。
純一「はは、あいつの事だから『これはバナナを入れたら絶対合いますー』とか言いそうだな」
と、笑いながら純一が言うと。
さくら「あ、言いそう言いそうー」
と、さくらも同調して言った。
智也「うーん……だったら、後で天枷の分も作っとくよ」
音夢「え?で、でも、そんなの悪いよ」
智也「良いって。材料も余っちまったし、すぐ出来るから」
と、智也は遠慮している音夢に言った。
杉並「ふむ、これであのわんこも尻尾を立てて喜ぶだろうな」
眞子「ねーみんな、トランプしない?家から持ってきたんだけど」
眞子が鞄からトランプを取り出すとそう言った。
萌「みんなでやるととても楽しいですよー」
さくら「わーやるやるー。お兄ちゃんもやるよね?」
と、ある意味有無を言わせない笑顔で純一に聞く。
純一「ああ、音夢も、やるよな?」
そう純一に聞かれた音夢は頷いて答える。
智也「トランプかあ、久しぶりだな。杉並、お前もやるだろ?」
と、杉並に聞くと。
杉並「お、西洋カルタで俺に挑むとは……ここは俺の華麗な札捌きを披露するしかあるまいな」
純一「それって、イカサマじゃないだろうな……」
純一が訝しげな目線を送ると、杉並は涼しい顔で答えた。
杉並「案ずるな、ルール上正当な戦略だ」
こうして始まったトランプは白熱を極めた。夜遅くまで続いた熱戦は杉並の全戦全勝という結果で幕を閉じた。


その後、最重要機密のミッションが残っていた……と言って去って行った杉並以外のみんなは寝る事にした。
みんなが寝静まった深夜、どうしても寝付けなかった眞子は縁側から夜風に当たっていた
――結局……何にも出来なかったな
本来、今日は智也にアピールするつもりだった。音夢も協力してくれたし、さくらが提案したこのお泊り会も最大のチャンスではあったが、納得できる成果は得られなかった。
眞子はそんな自分を情けなく思っていると、ふと、キッチンの明かりが点いている事に気付いた。
眞子「あ……」
消し忘れだろうと思った眞子が中に入ると思わず声が漏れた。
そこには調理している智也の姿があったからだ。
智也「ん?……何だ、眞子か。どうしたんだ?こんな時間に」
眞子に気付いた智也は振り向くとそう聞いた。
眞子「う、うん、ちょっと寝付けなくて……藤倉こそ、何やってるの?」
智也「さっき音夢さんが天枷にもオムライス食わせたい、て言ってたろ?それを作ってたんだ」
見ると、オムライスはほぼ完成していて、部屋中に良い匂いが漂っていた。
眞子「そっか、優しいんだね。藤倉は」
智也「そんな事ないよ。材料も余ってたしな、勿体無いだろ?」
智也は素っ気無く言ったが、それが照れ隠しだと言う事は眞子にも分かっていた。
智也は出来上がったオムライスをタッパーに入れると、それを冷蔵庫に入れた。
智也「よし、完成、と」
作業を終えた智也はぐっと、伸びをした。
智也「そういや今日は天気が良かったから、星が出てるかもな……。眞子、見に行くか?」
智也は思い出したように言うと、突然眞子にそう聞いた。
眞子「え?あ、うん……」
あまりに突然だったので反射的に返事をしてしまう。
その後二人は縁側まで出てそこに座り、空を見上げた。
夜空には雲一つなく、無数の星が輝いていた。
眞子「綺麗……」
智也「ああ、そうだな」
思えば、今は智也と眞子の二人だけ。それに気付いた眞子の鼓動は自然と高くなっていった。
――これが……最後のチャンス
眞子「藤倉は……星とか詳しいの?」
眞子は夜空を見上げている智也に聞いた。
智也「いいや、全然」
顔を動かす事無く智也はそう答えた。
智也「でも、綺麗だろ?こうやって時々夜空見上げて星見てるんだよ」
眞子「そう、なんだ」
それから二人は何も話さないままどれくらいかの沈黙が続いた。
眞子はもう限界に近かった、もう耳には自分の心音しか聞こえない、その音もどんどん大きくなっているのが分かる。
眞子「あ、あのね……藤倉」
意を決して、眞子は口を開いた。
眞子「私ね……ずっと、あんたの事」
言っていてどんどんからだが熱くなっていくのが分かる。もう顔なんか既に真っ赤になっている。今が夜で良かったと眞子は思った。
そして、最後の一言を言うべく、眞子が智也の方に顔を向けた。
そして、その瞬間――
一気に身体から力が抜けた。
眞子が智也を見ると、さっきまで空を見上げていた顔は下を向き、規則正しい、寝息まで聞こえていた。
相当疲れてるんだと眞子は思った。バイト帰りにそのままここに来てみんなに料理を作って、さらについさっきまで一人で美春のために料理をしていたのだ。そう考えると、眞子は何となく納得し、今日の自分はとことんツイてないな、とも思った。
眞子「……バカ」
眞子は智也の寝顔を見ながら、そう呟いた。

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