小説『D.C.〜Many Different Love Stories〜』
作者:夜月凪(月夜に団子)

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Scene32

純一達が教室に入ると杉並と眞子が二人に詰め寄った。
純一「杉並、朝っぱらから暑苦しいぞ」
杉並「俺も好きでお前なんぞにくっつきはせん。今朝方、真に興味深いものを目撃してな」
眞子「二人に聞きたい事があるの」
音夢「聞きたいこと?何かあったの?」
音夢がそう聞くと杉並と眞子が視線をある所に向ける。二人もそれに合わせてそこを見ると。
純一「……藤倉、がどうかしたのか?」
杉並が視線を送った先には智也が机に突っ伏していた。
眞子「様子が変なのよ」
音夢「……そう?いつもと変わらないと思うけど」
音夢の言うとおり、この時間帯の智也のこの光景は普段通りで特に気にする必要は無い。
杉並「ふむ。それがな、藤倉とサギーと言う皆も驚く組み合わせで登校して来てな。かと思ったら来るなりあの様だ。なにやら酷く弱っているようだが」
杉並がそう言うと、兄妹は顔を見合わせた。
音夢「兄さん……」
純一「ま、まさか……な」
共通の嫌な予感を抱きながら二人は智也の席に行くと、智也は机の上でぐったりとしていた。
純一「藤倉、どうしたんだ?」
純一がそう問い掛けながら智也の身体をゆするとゆっくりと頭を上げ。
智也「……純一か。俺……頼子さんを甘く見て……」
自嘲気味にそう言う智也だったが言い終わる前に崩れ落ちた。
純一「藤倉!」
音夢「藤倉君!気をしっかり持って!」
智也「おかしいな……昨日は十分に睡眠取ったのに……眠い」
純一「寝るな藤倉!」
音夢「寝たら死んじゃいますよ!」
まるで雪山で遭難したような騒ぎである。
二人は智也の気持ちが聞かなくとも十分過ぎるほど分かっている。
なぜなら実際に今の智也と同じ、それ以上の体験をしてきたからだ。
純一「とりあえず、何があったんだ!」
純一がそう呼びかけると智也はゆっくりと語り始めた。
智也「俺がいけなかったんだ……。頼子さんを過信しすぎてある程度教えたら一人でやらせたんだけど……油にコンロの火が引火したり……高温の野菜が飛んで来たり……爆発起しかけたり……」
智也の言葉を聞いた二人は唖然とした。
――もしかしたらうちより酷いのかも知れない
頼子の努力は凄まじいもので上達のスピードは目を見張るものがあるのは確かだ。しかし、初期のレベルがあまりのも低すぎる。
つまりは。
未経験や経験の少ない事をやらせると、とんでもない災害を起しかねないのだ。以前頼子が朝倉家に来た時も、純一が頼子の家事をやらせた時に、予想もしなかった悲惨な出来事が起こったのは今や良い思い出の一つである。
純一「藤倉……あと何日あるんだ?」
恐る恐る純一が問うと、智也はゆっくりと答えた。
智也「今週いっぱいだ……」
そう聞いた二人は心の中でこれからも地獄へ立ち向かう一人の少年に敬礼をしたい気分になった。
智也「災害保険に入っとこうかな……」
そう呟きながら安らかに眠った戦友を見た純一兄妹には最早笑い事ではなかった。
杉並「いったい、あいつはどうしたのだ?」
戦友の席を後にした兄妹に杉並は聞いた。
純一「杉並、眞子、しばらくはそっとしておいてやれ」
音夢「少なくとも今週の間はね」
そう告げる二人に杉並と眞子は首を傾げるだけだった。


午前の授業が終わり、昼休みに入ると学食に行くもの、購買に行くものでにわかに騒がしくなる。
音夢は教科書をしまうと純一の元へ向かった。久しぶりに一緒に昼食を食べようと思ったからだ。
見ると純一は机の上で突っ伏している。さっきの授業中寝ていたのだろうか。
音夢「兄さん、もうお昼ですよ」
音夢がそう言うと純一は、身体を起こしながら大きく伸びをする。
純一「……もうそんな時間か」
音夢「もう、シャキッとして下さい」
純一「頭では分かってるんだが、やはり休み明けはきつい……」
気だるそうにそう言う純一に音夢は呆れたように溜め息をついた。
純一「さて、昼はどうするかな……。音夢、お前はどうするんだ?」
音夢「え?私は学食に行きますけど」
純一「へえ、珍しいな。いつもは美春と一緒なのに」
欠伸を混ぜながら意外そうに答える。
音夢「どうせ兄さんも学食でしょ?」
純一「……そうだな。どうせ今からじゃ購買も間に合わないし」
音夢「じゃあ、一緒に――」
「食べませんか?」と音夢が言おうとしたところ。
さくら「おにいちゃーん!!」
と、最早お馴染みとなっているさくらが文字通り元気よく飛び込んできた。
さくら「お兄ちゃん、お昼一緒に食べようよー!」
音夢「――っ!」
さくらが何の躊躇いも無くそう言ったのを聞いて音夢は息を呑んだ。
さくら「ねえ、いいでしょー?お兄ちゃん」
純一「分かった、分かったから引っ張るな!」
純一はさくらに引っ張られて無理矢理立たされた。
純一「ったく……。音夢、お前も学食だろ?行こうぜ」
音夢「え?ああ、私はいいですよ。やっぱり美春と食べる事にしますから」
音夢は咄嗟にそう答えると踵を返して教室を後にした。
純一「……何なんだ?あいつ」
さくら「ねえ、お兄ちゃん。早く行かないと時間なくなっちゃうよー」
純一は不思議に思ったがさくらが急かすので溜め息一つ吐くと歩き出した。


音夢は普段、昼食は美春ととる事が多い。美春は料理が上手く自分で弁当を作ってくる事が多いのだが、音夢もそれを時々ながら分けてもらう事がある。
しかし、今日の音夢は食欲がなかった。今日の彼女の昼食メニューはサンドイッチとジュースのみという小食ぶりだが、それさえも余り手をつけていない。
美春「音夢先輩、どこか具合悪いんですか?」
そんな音夢の異常を察知した美春が心配そうに聞く。
音夢「え?ううん、大丈夫だよ。ちょっと食欲ないだけだから」
美春「駄目ですよ音夢先輩!具合悪いときはちゃんと栄養とらないと……。あ、そうだ!バナナを食べるといいですよ!食べやすいし、栄養抜群ですから!」
一気にそうまくし立てながら、鞄からバナナを三本取り出して音夢の前に置く。音夢は流石に苦笑いを浮かべながら。
音夢「ありがとう……。でも、私は三本も食べられないかな……」
美春「ええ、そうですか?私は一日に3房位は食べてますけど……」
この美春の発言に音夢は驚愕した。
音夢「ふ、房!?……本じゃなくて?」
美春「はい、そうですよ」
音夢の問い掛けに、当然とでも言いたふうに言った。
音夢「えっと……普通は房じゃなくて本で食べる人の方が多いかな……」
美春「えー、そうかなー?音夢先輩、ブドウとかは房で食べるでしょう?」
音夢「確かに、そうだけど……バナナとブドウじゃ大きさが違うし……」
その後二人はバナナについて討論していたが(主に美春が言い、音夢がそれに突っ込む)、その間にも音夢は美春にある種の羨望を感じていた。
美春は本心で音夢の事を本当に心配していて、それをストレートに表に出している。自分にかけているものを何も気にする事無く出している彼女を音夢は心の何処かで羨ましがっていた。


智也「はあー……」
昼の食堂、生徒で賑わっている中、智也は小さく溜め息をついた。
原因は自分でも分かっている。今朝の頼子さんとの料理特訓の疲れがだ。
かと言って、一度受けた以上、断るわけにはいかない。特訓中の頼子の表情は真剣そのもの、とてもじゃないがそれを踏みにじる様な真似は出来るわけが無い。
――これから大変だな……
とにかく頼子の上達の速さに祈るしかない。そう思いながら目の前のきつねうどんをすすった。
「ここ、いいですか?」
その時、向かいから声が聞こえてきた。
智也「ああ……どうぞ」
うどんをすすりながら答える。顔を上げてみると。
智也「なんだ、ことりか」
声をかけてきた本人を見て智也は言った。
ことり「ちわっす」
智也「珍しいな。ことりって弁当派だろ?」
智也はそう聞きながら再びうどんに手をつける。
ことり「それが……今日は少し寝坊しちゃったんですよ」
少し照れ笑いを浮かべながら言うことり。
智也「へえ、珍しい事もあるもんだな。明日は雪が降るぞ?」
笑いながら言う智也に「そうかもしれないですね」とこれまた笑いながら返すことり。
ことり「でも、それを言うなら藤倉君も普段は購買のパンじゃないですか?」
智也「ああ、今日はちょっと疲れてて。今の体力で戦場に出るのは自殺行為に等しい」
だから、と付け加えて目の前のうどんを示す。
ことり「そうなの?でも今日何かありましたっけ?」
そう聞いてくることりに智也は今朝の事とそれまでの経緯を話した。
智也の話を聞き終えたことりからまず出た一言は。
ことり「へえ、藤倉君って料理できたんですか?」
知らなかったなー。と感心していることりだが、智也は。
智也「突っ込みどころはそこか……」
自分の言いたい事が伝わらなかったことに少しながらショックを受けていた。
ことり「あははは……冗談ですよ」
あまりに智也のショックが大きいように見えたのかことりが苦笑いを浮かべながら言う。
智也「くぅ……マジで少し落ち込んだぞ」
そういう智也に「ごめんなさいです」と軽く頭を下げながらいうことり、そして。
ことり「でも、本当に頼子さん頑張りやさんですね」
智也「ああ、俺がついていけなくなる位に」
その後も、頼子の努力家について二人は話したが、智也はこれからの一週間に少しだけやる気を感じていた。


純一「ふう、やっと終わったな……」
苦痛でしかない午後の授業もようやく終わりを向かえ、純一は大きく伸びをした。
――さて、後は……
大して中身の無い鞄を取ると純一は音夢の方を見る、丁度帰り支度を終えたところのようだ。
純一「音夢」
そう言いながら席に近づくが。
音夢「何か用ですか?」
音夢は何処か棘のある一言を発した。
純一はなぜだか知らないが、音夢は昼休み以来ご機嫌斜めらしく、午後の間中ずっとあの調子である。
純一「ったく……何を怒ってるんだ?」
音夢「別に怒ってなんかいません」
そういった音夢が、何かぶつぶつと言っている。
それで怒ってなくて何だというんだ。と純一は思ったが、ここは堪えてもう一度言葉を発しようとするが――
さくら「おにいちゃーん!一緒にかえろー」
と、元気の言い声が聞こえてきたと思えば、それと同時にさくらが教室に飛び込んできた。
純一「う……何でこんな時に」
純一は密かにそう呟きながら恐る恐る音夢を見た。
氷の仮面はより強度を増したようだった。
さくら「あれ?音夢ちゃんどうかしたの?」
そんなどんよりしている純一に気付きもせずに、さくらは音夢に聞いた。
音夢「何でもありませんよ。兄さん、私、今日は風紀委員の集まりがありますので。先に帰っていてください」
はっきりとそう言い放つと音夢は昼と同様、テンポ良く教室を出て行った。
純一は心の中で溜め息をつきたくなった。
さくら「うう、何か今日の音夢ちゃん目付きが怖いような……。お兄ちゃん何か知ってる?」
純一「俺の方が知りたいくらいだ……」
純一はそう呟くと、帰ろうと歩き出した。さくらも慌ててそれに続く。
――帰ってからが大変だなあ……
と、そう思う純一は「待ってよー」と言っているさくらの言葉でさえ耳には届かなかった。

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