小説『D.C.〜Many Different Love Stories〜』
作者:夜月凪(月夜に団子)

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Scene33

ある日の早朝。
智也「おお、上手い上手い。その調子だよ、鷺澤さん」
智也による料理特訓も半ば過ぎ、頼子の腕は以前とは比べ物にならないほど上達を見せていた。
頼子「やっと、コツが掴めた様な気がします」
頼子はフライパン片手に笑みを浮かべる。
智也「これだけ出来ればもう十分だと思うよ。と言うより俺より上手くなったかも知れないなぁ」
頼子「そ、そんな事ありませんよ。ここまで上達したのも、藤倉君の教えあっての事ですから」
褒められた頼子は頬を赤らめた。
智也「そう言ってくれると引き受けた甲斐があるよ。おっと、もうこんな時間か。そろそろ片付けよう」
頼子「はい」


智也「やっぱり頼子さんはすごいよ。正直このまま言ったら俺が教えられる側になるかもなー」
智也は純一に最近の頼子の上達の速さについて話していた。
やはり頼子には料理の才能があるらしく、彼女の努力も相まってこの数日間の彼女の上達の速さには智也も目を見張るものがあった。
智也「とにくかすごいよ……って、何かあったのか?」
智也は話していた相手、純一の異変に気付いた。さっきから机に突っ伏していて動かない。
純一「いや……何でもない」
突っ伏したっまま気だるそうに言う。
純一はこの数日間で酷く疲れていた。主に精神的に。
その最大の原因は。
智也「……あ、音夢さん。おはよう」
駄目だこりゃ、と軽く溜め息をついた智也は教室に入って来た音夢に声をかけた。
音夢「おはようございます」
音夢はそう智也に言うと傍にいた純一にも気付いた。
音夢「……」
すると音夢はすぐそっぽを向いて自分の席に着いた。
智也「ん……?なあ、音夢さん、どうかしたのか?」
そういった音夢に疑問を感じつつ、智也は純一に聞いた。
純一「知らん……こっちが聞きたいくらいだ」
そういった純一は、突っ伏したまま溜め息をついた。
智也「そうか……まあ、頑張れよ」
「何だかは知らないけど……」と付け加えた智也は自分の席へと戻っていった。
その最大の原因――音夢との間に生じたこじれはこれまでで、なくなるどころか大きくなっていた。
だが理由は分からない。何しろ純一の姿を見ればさっきのように避けようとする。家にいる時でも常に自分の部屋に閉じこもっているし、食事の時では、一応出てくるが、全く口を利こうとはしないのだ。
自分に原因があるのだろうか、と言うところまでは考えが進んでいるが、純一にはこれといった心当たりは見当たらない。
取り付く島も無いとはこの事である。
――さて……どうしたものか
と考えてみたが、早々良い考えが浮かぶはずも無かった。


音夢「はぁ……」
音夢はこの日何度目かの溜め息をついた。
美春「音夢先輩!?どうしたんですか?溜め息なんかついて」
その様子を見ていた美春が心配そうに尋ねる。
音夢「……え?あ、美春、何か言った?」
ハッとなって美春に聞き返す。どうやら美春に気付いてなかったらしい。
美春「音夢先輩……最近何か元気ないですよ?何処か具合でも悪いんですか?」
そう聞かれた音夢は静かに頭を振り。
音夢「そうじゃないの……ただ……」
そう言って音夢は今までの事を美春に打ち明けた。
音夢の不調の原因はただ一つ。
音夢自身、仲直りしたいという気持ちはある。だが、いざ本人の前に出るとどうしても意地の方が先に出てしまうのだ。
それが原因でここまで引きずっているわけだが。
今、音夢が秘めている純一に対する想いは到底安易に人に相談できる事柄ではない。周囲の生徒は二人が本当にただの兄妹だと思っている。親友の眞子でさえ、二人の血が繋がっていない事は知らないのだ。
そんな音夢が唯一その事について相談を持ちかけられるのは幼馴染であり、音夢の思いを理解し、応援してくれている美春ただ一人だった。
美春「音夢先輩、大丈夫ですよ!お二人の仲は、この美春が保障します!」
音夢の話を聞いた美春が何の迷いも無くそう言い切った。
音夢「美春……」
こんな美春のまっすぐな気持ちに音夢は何度救われてきただろうか。本当に美春には感謝しても仕切れないほどだ。
美春「音夢先輩と朝倉先輩はラブラブなんですから。ちゃんと話し合えば全然問題なしですよ!」
音夢「み、美春。声が大きい……」
ここは食堂、その中でそのような発言は音夢にとってとても恥ずかしくなるものだったが、同時に嬉しくもあった。
音夢はそう美春に注意しながらも表情には自然と笑顔が戻っていた。


純一「音夢」
本日最後の授業が終わり、教室内が騒がしくなる中、すぐに純一は音夢の席に急いだ。
純一「帰ろうぜ」
音夢「え……?わ、私は」
それを聞いた音夢は、一瞬躊躇ったが、昼休みの美春の言葉を思い出した。
――話し合う、か
音夢「はい」
学園から家への帰り道、純一はなかなかきっかけが掴めず、一言も話さず歩いていた。音夢もまたそんな純一の隣を何も言わずについてきている。
しばらくそんな時間が続き、先に口を開いたのは純一だった。
純一「あの、さ……音夢」
音夢「え、何?兄さん」
先に言い出した純一だったが言いづらいのか頬をかいた。
純一「その……えーと、何と言うか、ごめん」
音夢「え?」
突然謝る純一に音夢は思わず足を止めた。
純一「いや……最近お前様子変だったし……もしかしたら、俺が何かお前を怒らすような事したのかなって。それで、もし俺が原因だったら、ごめん、謝る」
音夢「兄さん……」
純一の話を聞いた音夢は静かに首を横に振った。
音夢「ううん、私もつまらない事で意地張っちゃってて……ごめんね、兄さん」
そう言って少しの沈黙。
純一「……ぷっ」
先に吹き出したのは純一だった。
同時に笑う二人。
純一「ふう、何か拍子抜けしたな。こうなるんだったらもっと早く言ったら良かった」
そう言う純一にクスクス笑いながら音夢も頷く。
音夢「うん、そうですね」
純一「ふう……何か安心したら腹減ったな」
音夢「もう、兄さんったら……」
純一「そうだ、久々に何処か食べに行くか?」
純一の提案に少し考えた後音夢も頷いた。
音夢「そうですね、頼子さん最近頑張ってばかりだし」
純一「よし、そうと決まれば帰るか」
そう純一が言うと音夢も頷き、二人は再び桜並木を歩き始めた。

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