小説『D.C.〜Many Different Love Stories〜』
作者:夜月凪(月夜に団子)

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Scene34

一月も終わりに近づき、外の空気も本格的に冷えだした。
いくら温暖な気候の続く初音島でも冬は寒い。
そんなある日の休日、純一は寒さに身を縮こませながら朝食をとっていた。
テレビを見れば天気予報を伝えるキャスターが、今日もまた一段と冷え込むと機械的な声で告げいる。
音夢「おはようございます。兄さん、頼子さん」
純一「ああ、おはよう」
頼子「おはようございます。珍しいですね、音夢さんが純一さんよりも起きて来るのが遅いなんて」
そんな頼子に音夢はどこかぎこちなく頷く。
音夢はチラッと純一の様子を窺う。純一はさっきの音夢の態度に特に気にする様子も無く、食パンにかじりついたところだ。
実は今日の音夢はある決心をしていた。
純一に見えないように後ろに組んだ彼女の両手には二枚の映画のチケット。
ついこの間までギクシャクした関係もようやく元に戻り、久しぶりに兄妹水入らずで出かけるつもりでいた。
音夢「ねえ、兄さん」
そう純一を呼んだ音夢に、純一が顔を向かせる――
「おっはよー!」
その時、何やら玄関の方から二人の聞き覚えのある元気な声が聞こえた。
頼子「え?」
純一「さ、さくら!?」
音夢「さくらちゃん!?」
その瞬間、リビングに飛び込んできたのは、紛れも無いさくらだった。
さくら「あれ?どうしたの?そんなに驚いて」
突然の来訪に驚く三人を、何故だか分からないといった様子で見るさくら。
純一「さくら、お前なあ。何度言ったらその不法侵入をやめるんだ!」
そう言った純一にさくらは頬を膨らます。
さくら「えー、今日はちゃんと玄関から入ったんだよー!褒めてくれても良いくらいだよ」
純一「呼び鈴も押さずに入って来る奴があるか!」
さくら「気にしない気にしない。開放的なのは、日本人の良いところの一つだよ」
純一「そんな事は携帯も通じないような田舎で言ってくれ……」
純一はガクっと肩を落とす。
音夢「それで、さくらちゃん。今日は何か用事?」
さくら「うん、今日はお兄ちゃんにお願いがあって来たんだよ」
何の迷いもなくそう言ったさくら。
音夢がハッとした顔をさくらに向けるが、そんな彼女にお構い無しにさくらは続ける。
さくら「お兄ちゃん、今日ボクの家に遊びに来てよ」
そう純一に告げたさくらに、音夢は無意識の内にチケットを握っていた両手に力を込めた。
純一「はあ?何でこんな天気の良い休みの日に、お前の内になんか行かなきゃならんのだ?」
ありえない、と言いたそうに手を振りながら答える純一。
さくら「むー、いいじゃんいいじゃん。あの時のショッピングの埋め合わせだってまだしてもらって無いんだよ?」
さくらが言っているのは、以前、純一、音夢、眞子、智也で行ったショッピングの事だ。
純一「おいおい、あれはお前の家に泊まりに行った事で帳消しになったんじゃないのか?」
そういう純一にさくらはノンノンと指を振る。
さくら「あれはみんなでやってたから、カウントにはならないよ」
純一「なっ……そういう、事なのか?」
さくら「そういう事。はい決定―!」
そう高らかに宣言するさくらに敗北を悟る純一。
純一「はあ……じゃあ、みんなでバーベキューでもするか。なあ、音夢?」
そう問われた音夢はハッとなる。
音夢「え、あ、でも、私、美春と映画見る約束してるから。それに、そのまま泊めてもらうかもしれないし……」
さくら「……お兄ちゃんだけじゃいけないの?」
咄嗟に言った音夢だったが、さくらの今の一言に音夢は息を呑んだ。
さくら「ボクは、お兄ちゃんに遊びに来てほしんだよ」
純一「でも、この家に頼子さんだけを残しとくのも……」
頼子「私なら大丈夫ですよ。今日は藤倉君に料理を教わりに行くところでしたから」
そういった頼子にさくらの目はいっそう輝く。
さくら「それに、頼子さんにお兄ちゃんが一緒なのが問題だと思うよ?」
そう言われた純一は口をつぐんだ。
純一「……まあ、久しぶりにばあちゃんの家に行ってみたい気もするしな。いいか?音夢」
そう聞かれた音夢は思わず目をそむけた。
音夢「うん、別に私に断る事じゃないし、兄さんがそうしたいなら……」
さくら「やったー」
喜ぶさくらとは対照的に、音夢の表情は沈んでいた。


美春「音夢せんぱーい!」
昼過ぎの映画館前、音夢の元へ美春が全速力で走ってきた。
そのまま、音夢に抱きつく。
音夢「美春、苦しいよ」
美春は、ひとしきり経ってから音夢から放れると。
美春「もう、すごいサプライズですよ。美春には何も言わずに映画のチケットを取ってくれるなんて。もう、美春は感激過ぎて泣けちゃいそうです」
そういう美春は、本当に今にも泣きそうだった。
音夢「美春、こんな所で泣かないでよ」
慌てる音夢に、美春は笑顔で。
美春「はい!じゃあ、音夢先輩、早く行きましょう」
音夢「う、うん」
音夢はやや引っ張られる感じで映画館へと入って行った。

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