小説『D.C.〜Many Different Love Stories〜』
作者:夜月凪(月夜に団子)

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Scene35

朝倉家の隣に位置していて、現在さくらが一人で住んでいる家。
その家には昔、魔法使いの純一の祖母が住んでいた。
金髪碧眼、日本人離れしたその祖母は、一番日本の文化が好きだった。
純一が小学生の頃は、ちょくちょく家に遊びに来ていた。
純一が来るといつも祖母はある魔法を少年の純一に見せてくれる。
彼女が手を握って開くと、何も無いはずのそこには和菓子が一つあった。
ただそれだけの、魔法としてはとても地味なものであったが、純一はそれにとても引き付けられた。
和菓子を出して、純一に与えた祖母の表情はいつも優しく、心を暖めてくれるものだったからかもしれない。


さくら「お兄ちゃん、本当に来てくれたんだね」
芳乃家の門をくぐった純一に、庭に出ていたさくらは言った。
彼女が見ていたのだろう、庭に埋められた大きな桜の木からは、風に煽られ、多くの桜の花びらが舞っていた。
それは、まるで純一とさくら、この二人を包むかのようだった。


大きなスクリーンに映っている人物が、盛大なアクションで映画を見に来ている人達を魅了している。
天枷美春も、その中の一人だった。
美春「わー、やっぱり新作はすごいですー。ねえ?音夢先輩」
すっかり映画に夢中になっている美春は、興奮しながら音夢に聞いた。
音夢「えっ?う、うん、そうだね」
正直、今の音夢に映画の内容はあまり頭に入らなかった。
美春は映画に見入っている。いつもの美春ならさっきの音夢の態度からすぐに何かあったのかと気付くだろう。
美春にはこの所世話になってばかりだ。これではどちらが先輩のなのかわからない。
もう美春には心配をかけたくない。
そう音夢は思っていた。


純一「テレビも無いんだなあ……」
芳乃家の居間で座っている純一は周囲を見渡した。
趣のある家に相応しい和室の中はすごく整頓されている、と言うよりも単に物が少ないせいだろうか。
さくら「ゲームはやらないし、時代劇もDVD出てるからパソコンで見られるしね」
純一の前にはさくらが彼と同じように座っている。
純一「……さて、と、何をしようか」
しばらくの沈黙の後、純一が口を開いた。
さくら「お話しようよ」
純一「……うーん、改めて話って言ってもなあ」
さくらの提案に純一が首を傾げる。さくらとは学園でも日常でも毎日会ってるわけで、改めて話す事はなかった。
さくら「ボク達が会えなかった、空白の時間を埋めるの」
純一「……6年分か。時間が掛かるぞ」
さくら「12年分だよ」
純一の言葉に、一つだけ訂正を加えた。
さくら「ボクとお兄ちゃんの6年分だから、二人分で12年分だよ」
純一「そうか……」
さくら「時間はたっぷりあるからね」
さくらはそう言うと外を見た。純一もそれにつられる。
外には桜の花びらが舞っていた。


美春と分かれた後、音夢は特に行くあてがある訳もなく、ただ商店街を歩いていた。
美春から、ショッピングしませんか、と誘われたが「する事があるから……」と言って断った。
音夢「はあ……」
出るのは、溜め息ばかり。
――何か、今日の私、嘘ついてばかりだ
兄さんにも、美春にも。
そして、自分の気持ちにも。
眞子「あ、音夢じゃない」
音夢「眞子……」
商店街を抜け、桜公園の近くまで来た時、偶然眞子に出会った。
眞子「奇遇ね、こんな所で。一人?」
音夢「うん……」
今の音夢の様子が変なのは、彼女を知る者なら誰でも分かるだろう。
それが親友の眞子なら当然の事だ。
眞子「どうしたの?何か、元気ないよ?」
そう問われた音夢は、しばし黙っていたが。
ゆっくりと、桜公園に入っていく。
眞子「音夢……?」
眞子もすぐ彼女の後を追う。
辺りは日も落ちかけ、それはオレンジ色だった。
少し歩いた所で音夢は立ち止まり、眞子もそれにならう。
それからしばらくの沈黙。
その後、音夢は眞子に全てを告白した


純一が初めてさくらに出会ったのは、小学生の頃だった。
純一がいつものように祖母の所へ行くと、そこには一人の少女がいた。
祖母と同じ蒼い眼で、これまた祖母と同じ金髪を二つに分けたツインテール。
純一「婆ちゃん、その子誰?」
少女純一を見ると、怯えるように祖母の袖にしがみついていた。
純一はその少女を見るなり祖母に尋ねた。
「事情があって、私が預かる事になったのよ」
祖母はそう言うと、少女に自己紹介するよう促した。
「誰?」
少女がそう呟くよう聞くと、純一はむっとした。
純一「名前を聞くときは、まず自分からだろ?」
少し語気が強かったのかもしれない、少女は怯えるように身体を縮めたが。
「芳乃……さくら」
と、自分の名を名乗った。
純一「さくら?」
そう反芻した純一は少し考え。
純一「さくらんぼにしよう」
さくら「え?」
純一「お前の名前だ。服も赤いし、今日の給食にも出たんだ」
そう言った純一に、祖母も「いい名前だねえ」と頷いた。
純一「俺は朝倉純一」
純一は改めて自己紹介した。
さくらが祖母を見上げる。
「ほら、隣に住んでいる。お婆ちゃんの娘の子供だよ」
祖母がそう説明するが、さくらは分からない、と首を傾げた
「つまり、お前のお母さんの妹の子供ね」
そう付け加えるがさくらは首を傾げたままだ。
「説明が面倒だねえ……とにかく、お前達は兄妹みたいなものだよ」
祖母がそう言うと、さくらは再び純一を見る。
さくら「ボクの事、いじめる?」
純一「え?」
突然そう聞かれた純一は思わず聞き返した。
純一「いじめられてるの?こいつ」
純一が祖母に聞くと、祖母も困ったような顔をして。
「仲良くしてやってくれないかねえ。妹の音夢のように守っておやりよ」
「え……?」
祖母はついこの間来た、新しい妹の名を口にした。
純一は少し考えた後。
「……しょうがないなあ。かったるいのに」
そう言いながら、手を握る。
そして少しした後、その手を開くと、そこには形の崩れた桜餅があった。
純一はすぐに後ろを向いてその和菓子を食べだす。
さくら「……失敗?でも、お婆ちゃんと一緒だね」
そう言われた純一は和菓子を食べ終え振りかえる。
純一「なんだ、お前も貰ってたのか」
そしてもう一度手を握る。手を開くとそこには形の良い桜餅があっ。た
純一「やるよ。お近づきの印だ」
そう言って差し出した桜餅を、さくらは初めてみせる笑顔で受け取った。


純一「ん……」
――夢、か
どうやら、いつの間にか眠ってしまったらしい。
懐かしい夢を見た純一は上体を起そうとするが、動きを止めた。
さくら「すー……すー……」
丁度、純一の腰の辺りだろうか、さくらが気持ち良さそうに眠っていた。
純一はそれをしばらく見ていた後、再び体を倒した。


自分と純一が本当の兄妹ではない事を。
そして、自分が抱いている純一への思いを。
その事がなかなか踏み出せない自分を。
眞子は、始めは驚きはしたが、終始静かに音夢の言葉を聞いていた。
そして、音夢が全てを話し終えた後。
眞子「音夢は、もう少し自分に素直になった方が良いんじゃないかな?」
そう言った後「私も、人の事言えないけどね」と自嘲じみて言った。
眞子は続ける。
眞子「好きな人に好きって言う事は、いけない事じゃない。朝倉といる時の音夢が、一番可愛いから」
音夢「眞子……」
眞子「それって……とても良いことだと思うよ」
眞子の言葉を聞いた音夢は、しばらくその一語一語を心に染み渡らせていった。
音夢「眞子、ありがとう」
音夢はそう言うと、走り出した。
眞子はその姿を見えなくなるまで追った。
その胸に、ある決意を抱かせながら。

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