小説『D.C.〜Many Different Love Stories〜』
作者:夜月凪(月夜に団子)

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Scene36

純一「うー……体痛てえ。早く起きてくれーさくらぁ……」
芳乃家に来てからこの格好でいるのはどれ位になるだろうか。
辺りは日も暮れ始め、縁側をオレンジ色に染めている。
さくら「……うにゅ、お兄ちゃん?」
そんな純一の願いが通じたのか、さくらが目を覚ました。
さくら「ボクの為に、ずっと動かずにいてくれたの?」
純一は、苦笑いを浮かべ。
純一「でも、そのかわり、さくらの寝顔を堪能させてもらった」
さくら「……夢を見てたんだ。お兄ちゃんと初めて会った時の夢」
さくらがそっと呟くように言うと、それに純一も頷いた。
さくら「お兄ちゃんも見ていたんだね?」
純一「ああ……」
さくらは少し俯きながら続ける。
さくら「あれが、ボクの初恋。そして、今もあの時のまま、ボクの気持ちは変わってない」
そう言われた純一は、頬が熱くなるのを感じた。
純一「そういう、こそばゆい事を言うな」
さくら「にゃはは……じゃあもっとこそばゆくさせちゃお」
さくらは笑いながら顔を純一に接近させる。
さくら「ねえ、キスして?」
純一「なっ……お前何を突然……」
純一は分かり易いように動揺を見せる。
さくら「お兄ちゃんが、心からしたいって言うキスを……ボクにちょうだい」
純一「さくら……」
純一はさくらの目を見る。彼女の目はいつものおちゃらけは感じられず、真剣だった。
さくら「お兄ちゃん、ボクの事……嫌い?」
純一「そんな事、あるわけないだろ」
純一は即答した。さくらの事は嫌いじゃない。
さくら「じゃあ、女の子としては?」
そう聞かれた純一は正直迷っていた。
さくら「キスしたいって思わない?ギュって抱きしめたいって思わない?僕の一番大事――」
純一「ああ!皆まで言うな」
さくらがそこまで言いかけると、純一は状態を即座に起しつつ、それを止めた。
さくら「どうして?」
純一「い、いや……大事にしたいからこそ、出来ない事もあるしな」
さくら「……はぐらかさないでよ」
そう一蹴された。
純一の必死の言い訳も、さくらには全てお見通しのようだ。
純一「……ごめん」
そう素直に謝ると、さくらは俯き。
さくら「ボクが大人になれたら……ちゃんとボクを見てくれる?」
さくらがそう言った時、純一はさくらと再会した時から何処かに抱いていた疑問を言ってみる事にした。
純一「なあ、さくら。どうしてお前、六年前のまま……子供のままなんだ?」
そう聞いてからしばし沈黙が流れた。
さくらはそっと立ち上がり、縁側の方を向く。
外は尚も桜の花びらが舞っていた。
さくら「この島の桜が枯れないのは、なぜだか知ってる?」
桜はそれを見つめながら、純一に聞いた。
純一が分からず黙っていると、さくらは続ける。
さくら「それはね……お婆ちゃんが植えた、一本の桜の木のせいなんだ」
純一「島で一番でかい……あの桜の木か?」
純一がそう言うと、さくらは頷く。
桜公園の奥、そこには何本もの桜の木が綺麗な花びらを広げている。
その中心に、一際大きな桜の木が一本、まるで他の木を統率するように植えられていた。
純一や、さくら、音夢には、その木に人一倍の思い入れがある。
さくら「あれはみんなの願いを少しずつ叶えてくれる、魔法の桜なんだ」
さくらは目線を外に向けたまま話し続ける。
さくら「本当に、真摯な願いであれば何でも。例えば、人の心を読めるのも、猫が少女に姿を変える事も、願いを掛ければ叶ってしまう……」
純一はそれを、ただ何も言わずに聞いている。
さくら「元々これは、お婆ちゃんがボクの為に植えてくれたんだ。きっといじめられっ子のボクを置いて行くのは、心残りだったんだね」
そこまで言って、さくらは表情は少し変わったと純一は思った
さくら「でも、ボクは、桜の呪縛から逃れられなくなってしまった。ボクの成長が止まってしまったのも、多分……桜の魔法のせい」
純一「それが……お前の望みだったのか?」
さくら「……でも、もうそれもおしまいにしなきゃ」
そう聞かれたさくらは少し俯きながら言うと、向きを純一の方へ向ける。
さくら「お兄ちゃんは、ボクの王子様なんだ。だから……」
そう言いながら純一の前に膝をつく。
さくら「魔法を解く、キスをちょうだい……」
そう言ってさくらは静かに目を閉じた。
純一はそんなさくらを見て、ゆっくりと顔を近づける。
しかし、唇は重ならなかった。
純一の脳裏に一瞬、音夢の姿が浮かんだからだ。
純一「……ごめん」
そう言って顔を離す、さくらが瞼を開けた。
純一「ごめんな」
そう言いながら一定の距離を保つ純一。
さくら「ううん、今までだってずっと待ってたんだもん……お兄ちゃんが見てくれるまで、ずっと待ってる」
さくらはそう言うと縁側から外を見た。
桜の花びらは静かに舞っていた。


両親が交通事故で亡くなり、音夢が純一家に引き取られた。
ここで、朝倉純一という子に初めて会った。
あの日からだろうか。気が付くと音夢は、純一の姿を追っていた。
いつも自分を守ってくれていた兄さん。
温かい笑顔。
それは、兄が妹に向ける笑顔、温もり。
――それだけじゃないよね?
音夢は思う。
いつの頃からか、音夢自身も、純一も……何処かで違う気持ちを抱いていた。
――それは私の思い過ごし?でも……
音夢は走る、兄の待つ所へ。
もし自分の勘違いだとしても、音夢は後悔だけはしたくなかった。
その決心を固めるのに力を貸してくれたの眞子、美春。
この二人には感謝しても仕切れないだろう。
――だって兄さん……私は
しかし、彼女の足は朝倉家の前で立ち止まる。
隣の家の戸が開く音がした。
そこから。
純一「じゃあな、さくら」
さくら「待って、お兄ちゃん」
そう言ってさくらは純一に後ろから抱きついた。
さくら「うにゃ……充電中」
純一「バカ……近所中の晒しもんだぞ?」
さくら「いいもん。見たい人には見せてあげれば」
さくらはそう言って放そうとしない、純一もそのままだった。
だが、純一がふと見ると、自宅の前にいる音夢が視界に入った。
音夢「……」
音夢は静かにさくらと純一を見ている。
純一の様子に気付いたのか、さくらも音夢に視線を向ける。
音夢の表情には何処か微かに陰りが見えた。

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