小説『D.C.〜Many Different Love Stories〜』
作者:夜月凪(月夜に団子)

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Scene38

幾年も積み重ねてきた『兄妹』という一番大きな壁を乗り越えて、純一と音夢は遂にお互いの想いを通じ合わせることができた。
ちょうどその日の早朝、藤倉家。
休日にもかかわらず、智也は制服に着替え、登校の支度を整えていた。
その理由は、前日の放課後にさかのぼる。


杉並「藤倉、秘蔵の情報があるのだが……聞く気はないか?」
帰り支度を終え、席を立った智也の前に出現した杉並はそう言った。
智也「聞かん」
間髪入れずに答える。今まで、杉並の情報を知ってから、幾度となく災難じみた経験をしている、というかそういう経験しかしていないことをよく覚えている記憶がそう言わせた。
杉並「……実はな」
智也「……お前、俺がなんて言ったか聞こえなかったのか?」
確かに拒否したにもかかわらず、平然と続けようとする杉並を、智也は痔と眼で睨んだが、当の本人は何の問題もないような涼しい顔をしている。
杉並「もとよりお前の意見など聞く気はない」
智也「……じゃあ、最初から聞くなよ」
杉並「なーに、切り出しの常套文句だ。特に意味はないし、気にするな」
何の迷いもなくニカニカ笑顔を向けて言ってのける目の前の男に、智也は大きなため息をついた。
どうやら、話したいだけらしい。
智也「……しゃーない。聞いてやるか」
これから起こりうる数々の事態への覚悟を決めながら、観念したように肩を落とした。
杉並「お前なら、そう言ってくれると思っていたそ」
――どちらかと言えば、言わされたんだけどな
そう心の中で反論しながらも、仮自身少なからず気にはなっているのは否定しがたい。
杉並「仕方ないから教えてやろう。それは――」
そうして彼の口から出たその情報とやらを聞いて、智也は思わず拍子抜けしてしまった。
杉並「……どうした?ひょっとこみたいな顔をして」
智也「……いや」
ひょっとこかどうかは定かではないが、呆けた表情をしていたのは確かだろう。何分、杉並が口にした内容が智也が予想していたこととだいぶ違っていたからだ。
杉並「まあ、お前が何を期待していたのかは知らんが、先ほど言ったように白河ことりが文化祭以来のコンサートを開く事実は、もう一部の学生には知れ渡っている常識の一つだ」
智也「……俺はてっきり、何かの悪だくみの話かと。ん?そういやそのことって、前にことりがみんなに話してなかったか?」
杉並にしては意外とミーハーな話題に安堵しながら、智也は以前ことりが食堂で卒業パーティーについてそう言っていたことを思い出した。
杉並「ああ、そういったこともあったな」
――いや待て
智也「おい、それじゃ秘蔵のネタでも何でもないだろうが」
――まさか、これは前ふりで本題は別にあるんじゃないだろうな
杉並「そう身構えるな。第一、誰がお前の知らん情報だと言った?」
表情をこわばらせていた智也は、そう言われて先程までの会話を思い出す。確かにそのようなことは一言も言ってない。
杉並「白河ことりのコンサート情報ときたら、学園内でも一、二を争うトップニュースだと思うがな」
智也「まあ、確かにな……ってまさか、お前が情報を流してるんじゃないだろうな?」
智也が疑いの目を向けると、杉並は「とんでもない」と言いたげな表情を返した。
杉並「心外な。俺は知人、ましてや友人を売るような真似はせん」
智也「……よくもまあ、そんなことが俺の目の前で平然と言えるな」
智也は以前、杉並(プラス信)によって被った数々の苦難を思い起こした。
杉並「ん?何か言ったか?」
こいつは、しらばくれている。絶対聞こえてるはずだと確信しながらも、どうせ何言っても体力の消費にしかならないのは明白なので、反論はしない。杉並と付き合いの長い智也が学んだ教訓の一つである。
智也「はぁ……。で、どうしてまたそんな話を今しに来たんだ?」
少しばかりの抗議の意を含んだ溜息を吐き、そう聞くと、目の前の男は不敵な笑みを浮かべた。
杉並「なに、直に分かる」
智也「は?どういうことだよ?」
智也はつづけて訊ねたが、杉並は話を変えた。
杉並「そういえば藤倉、あのマネージャーの一件以来、彼女と急接近とのことだが、詳しい話を聞かせてもらおうか」
智也「は?いきなり何を言い出すかと思ったら……ことりとは友達に決まってるだろうが」
そう答えたが、杉並は急に真面目な顔をして。。
杉並「本当にそうか?」
 いきなり柄にもない真っ直ぐな視線を向けられ、智也は思わず目を逸らした。本当にそうなのだろうか?自分の中で、白河ことりは本当にただの友人なのだろうか。
杉並「冗談だ。そんなに深刻な顔をするな。リアクションに困る」
 再び軽い口調に戻った杉並を見ると、さっきまでの真剣な表情は嘘のように消えていた。
杉並「そろそろ時間だな。まだもう少し尋問……いや、聞きたいこともあったのだが、仕方あるまい」
智也「時間?なんのことだ?」
杉並「なに、直に分かる」
 杉並はそう言うや颯爽と教室から出て行ってしまった。
――何だったんだ?あいつ……
 杉並が出ていった方向に目を向けながらそう考えるもすぐやめた。そもそもあいつの行動形態について考えること自体が無駄なことだ。
――なんか、前にも同じことを考えたような気が……
智也「……ま、いいか」
 杉並の相手をしていたせいで教室内には智也しか残っていなかった。日も傾きだしているのか、室内も薄暗い。
――全く……無駄な時間を過ごしたもんだ
 そう軽くため息をつきながらも、智也の中ではさっきの杉並の言葉が無意識に反芻していた。
――ことり、か……
 彼女の顔が頭に浮かんだ。
 学園のアイドルと周りから評され、校内中の男女から羨望の的として見られてはいるが、当の本人は、至って普通の女の子で、また身勝手ともいえる周りの期待にすら何とかこたえようとする一面も持つことを、智也は文化祭などを通して分かった。
 なら、今の自分にとって、彼女はどういう存在なのだろうか?
 ただの友達、今までは確かにそう思っていたし、そう接してきたつもりだ。
だが、さっきの杉並の問いかけにすんなりと言葉が出てこなかった。
 それが何なのか……
 そして、あの問いかけに改めて答えるとすれば……
智也「…」
――……分からない
 正直、それが今の自分の答えなんだろう。
智也「……はあ」
――まったく……
智也「……帰るか」
ことり「あ、藤倉君!」
 教室を出ようと立ち上がったところで、思いがけない人物が姿を現した。
智也「お、ことりか」
ことり「ちわっす」
 智也が軽く手を挙げると、ことりもそれに応えるように、手を上げて言った。
ことり「今帰るところですか?」
智也「そんなとこ。そういうことりは?ここになんか用事?」
 そう言いつつ無人となった教室を示す。
ことり「えっとですね。実はと言えば、藤倉君に用事があるんですよ」
智也「俺に?そりゃ奇遇だな」
 そう言うとことりも「そうなんですよ」と頷いた。
智也「で、何の用?」
 そう聞くと、ことりは少し考えるように間を置き。
ことり「何だと思います?」
 そう聞き返してきた。
智也「む。そうだなあ……」
 智也は少しだけ考える素振りを見せて。
智也「愛の告白とか?」
 冗談めかして言った。
ことり「えっ?」
 智也の回答を聞いたことりは、急に顔を赤くすると。
ことり「そ、そんなわけないじゃないですかっ」
 手をパタパタ振りながらそう言った。
智也「……むう。そこまで必死に否定されるとさすがに傷付くな……冗談なのに」
ことり「だ、だって……、藤倉君が真面目に答えないからいけないんですよ」
 まだほんのり頬を赤くしたまま、ことりは口を尖らせた。
ことり「でも……」
 と思いきや、急に真剣な表情になり。
ことり「もし、本当にそうだとしたら、どうしますか?」
――っ!
 そんなことりの真っ直ぐな視線に、智也は自分の心臓が飛び上がるような感じがした。
智也「う……さっきのお返しか?」
ことり「ふふ、これでお相子さんですね」
 そう言って、ちろっと舌を出して見せる。
智也「……参った。で、本当のところ、これから卒パに向けて練習ってとこだろ?」
 そう言うと、ことりは今度は驚いたように目を丸くした。どうやら当たったらしい。
ことり「どうして分かっちゃったんですかっ?」
智也「ふふ……実は隠してたんだが、俺は相手の心を読み取る能力があったのだ!」
 なんとなく雰囲気を込めて智也がそう言い放つ。
ことり「……」
智也「……」
 二人の間に不思議な沈黙が漂う。
――は、はは……ことりは冗談通じないなあ
ことり「……もう、今日の藤倉君はいじわるさんです」
 ようやく冗談だと気付いたのか、再びことりは口を尖らせて言った。
智也「ご、ごめん。まあ、本当のこと言うと、さっきまでその手のことにやたら詳しい奴と話してて。それで、なんとなく」
――ああ、それであいつ、あんなことを……
 話しながら先程の杉並の言動の理由に思い至った。その真意の程は依然として不明のままだが。
ことり「詳しい人……ですか?」
智也「ああ、ついさっきまでいたんだけどな。訳の分からないこと言って消えたよ」
――ったく、杉並の奴、いったい何を考えてんだか……
ことり「あ……そっか、杉並君か……」
智也「ん?何か言った?よく聞こえなかったけど」
ことり「いえいえ。大したことじゃないから、気にしないで下さい」
 ことりは、今度は笑顔でそう答えた。
ことり「藤倉君の友達さんなら、安心かなって思って」
智也「……まあ、相変わらずよく分からんけど、根は良い奴だからな」
 それだけは確かだ。いろいろと面倒事に巻き込まれたり、良からぬ噂を流されたりもしたが、根底では人一倍友人思いなのは確かだ。だから、何だかんだで今まで友人を続けているし、これからも続けていたいと思っている。
――ま、そんなことは口が裂けても言えないけどな
ことり「たまには言ってあげても、いいんじゃないかな……」
智也「ん?どうした?」
 ふと気づくと、ことりがじっとこちらを見ていた。
ことり「想いは言わないと伝わらないですよって言ったんです」
智也「うーむ。でも、かなり恥ずかしいこともあるからなぁ」
ことり「でもです。だって、言葉の力は偉大なんですから」
智也「……そっか。……うん、善処しよう、多分」
 智也がそう言うと、ことりは柔らかい笑みを浮かべた。
ことり「うん。じゃあ、そろそろ行きましょう」
智也「え?行くって、どこに?」
ことり「もう、藤倉君に用事があるって言ったじゃないですか」
 ことりにそう言われて、智也は数分前の彼女とのやり取りを思い出した。
智也「ああ、そう言えばそんなこと言ってたっけ」
ことり「言ってましたよー。みんな待たせちゃってますし行けば分かりますから、ついて来て下さい」
智也「あ、ああ……」
 そう言って、先を歩くことりに智也は言われるままについて行くのだった。

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