小説『D.C.〜Many Different Love Stories〜』
作者:夜月凪(月夜に団子)

しおりをはさむ/はずす ここまでで読み終える << 前のページへ 次のページへ >>


Scene39

ことり「ここですよ」
 音楽室。そう言われて立ち止まったその場所は、智也が予想していた場所とぴったり一致した。というより予想もなにも、ことりと言えばここだというちょっとした先入観的なものも働いたのかもしれない。ことり達が卒パの練習と言われれば、ここ以外思いつかないだろう。
ことり「みんな遅れてごめんね。藤倉君連れてきたよー」
 戸を開けながらそう言い、先に室内に入ることりの後ろに続いて、智也も微かな緊張感と共に音楽室に足を踏み入れる。
 室内には、文化祭の時と同じメンバーが、と思ったがその予想は外れた。
みっくん「藤倉君。お久しぶりー」
ともちゃん「文化祭以来だったよね」
工藤「やあ、藤倉」
 ことりの親友、みっくんとともちゃんは当然だが、その中に見知った一人。
智也「工藤!?」
 ベースギターを携えた工藤叶が加わっていた。
工藤「驚くとは思ったけど……ひどい驚きようだな」
智也「……いや、驚くだろ。というより、お前ギターできたのか」
ことり「実は、そうなんですよ」
 智也の問いに、工藤の代わりにことりが口を開いた。
ことり「ちょっと前に工藤君と卒業パーティーの話になって、その時に」
みっくん「私達、ベース担当がいなかったから助っ人に来てもらったんだ」
 ともちゃんが言い終わると、工藤は恥ずかしそうに頬をかいた。
工藤「助っ人と言われると気後れするよ。趣味で触ってる程度だから」
ことり「ううん。工藤君はとても上手だよ」
ともちゃん「そうよ。何だかんだでちゃんとやってくれてるし、むしろ私達が遅れないようにって思うくらいだしね」
工藤「ありがとう。そう言ってもらえるといくらか気が楽になるよ」
 本人は謙遜しているが、三人の反応から工藤の腕はなんとなく想像でき、友人の知らない一面に智也はそれなりに驚いた。
智也「でも本当に驚いた。まさか工藤がギターなんてな……」
工藤「そんなに意外だったのか?」
智也「いや、逆にそのまんま過ぎて世の理について考えさせられるところだ」
工藤「おいおい、何言ってるか意味不明だぞ?」
智也「安心しろ。俺もよく分からんからな」
 そう答えると工藤は苦笑いを浮かべて返した。
ことり「ふふ。あ、そうだ。藤倉君、早速私達の演奏を聴いてくれないですか?」
 そんなことりに最初に反応したのは工藤だった。
工藤「え、も、もう?ちょっと緊張するな」
智也「いいじゃないか。助っ人やらの実力を拝見させてもらうよ」
工藤「……あんまり期待しないでくれよ」
 そんな智也の軽口に工藤がそう答えて、四人は演奏の準備を始めた。
 ほどなくして始まった四人の演奏は、見事以外の何物でもなかった。智也は文化祭の際にマネージャーをしていたから彼女達の凄さは誰よりも理解しているが、工藤の腕もなかなかのもので、そんな彼が加わったことでさらに演奏に厚みが増したように、なんとなくだが感じ、それは演奏が終わると、自然と四人に拍手を送っているほどだった。


智也「……とまあ、こうして俺はここにいるわけだ」
休日の音楽室。バンドの練習の合間、智也がそう呟くように言った。
工藤「って、いきなり誰に何言ってんだよ」
智也「いや、ちょっとここまでの経緯を思い出してたんだよ」
 そんな智也に、工藤はしばらくきょとんとしていたが、すぐにいつもの爽やか表情を彼に向けた。
工藤「で、本当のところは遠い眼をして何を考えてたんだよ?」
智也「……華麗にスルーするのな、お前は」
ことり「なになに?二人で何を話してるんですか?」
 そんな二人にことりが加わる。
工藤「うん、藤倉が柄にもなく物思いに耽ってたから、聞いてたんだよ」
ことり「ふうん、そうなんですか?」
 工藤がことりにそう説明すると、ことりは笑顔でそう智也に訊ねた。その両目は明らかに興味に満ち溢れているのが、智也には分かった。
智也「だから、そんなんじゃないって」
 そう否定する。工藤の『柄にもなく』というフレーズが少し気になりはしたが、実際物思いに耽っている自分を浮かべてみるに、確かに似合わないなと思うのでそこはスルーする。
 ことりと工藤は「ふうん」とか「へえ」とかいまいち信じていない風だったが、実際違うのでそこは仕方ない。というより、なんか前にも同じ状況があったような気がするが、それもスルーしておこう。
智也「まあ、もうすぐ卒業だからな。いろいろと思うこともあるだろ?」
 卒業といっても、本校に進むのだからたいして変わりはしないのだが、無難にそう言っておく。そうでもしないとこの二人は納得しそうにない。
工藤「いろいろねえ……」
 工藤はなおも意味深な目を智也に向けていたが、それ以上は何も言わなかった。
ことり「卒業と言えば、やっぱり男の子は期待とかしちゃうものなんですか?」
 今度はそう男二人にことりはそう聞いた。
工藤「期待?」
 ことりの質問の意味がよく分からないのか、工藤は首を傾げる。智也も同様だった。
みっくん「それって卒業式の日に告白されるとかっていうの?」
 ことりの代わりにみっくんが答える。まさかこの場で、杉並や信が言ってきそうな話題があがるとは思わなかったが。
智也「うーん……そんなの考えてもなかったからなぁ」
 というより、そんなシチュエーションは漫画や小説の中だけのことだとも思っていた。少なくとも、智也自身には縁のないことというのは自覚している。
ことり「そうなんですか?」
智也「うん。まあ、俺より工藤の方がその辺詳しいだろ?」
 横の悪友に振る。智也の知る限り、工藤ほどそんな場面の似合う人物はこの学園中探してもそうはいないだろう。
工藤「残念ながら、俺もそういうのには縁がないからな。よく分からないよ」
 やけにあっさりとした答えが返ってきた。
智也「なんだ、やけに冷静だな。俺としてはここでうろたえるお前を見たかったんだが」
工藤「ご期待に添えなくて申し訳ないよ。というより、俺よりも藤倉の方が可能性あるんじゃないか?」
ことり「うんうん、私もそう思う」
 学園中一、二を争うであろう爽やかさを振りまきながら工藤はそう言い、これまた学園のアイドル的存在であることりがそう続く。
――……いや、なんか逆にすごい敗北感を覚えてるんだが。
ともちゃん「でも、ことりがそんなこと聞くなんて、ちょっと気になるわね」
 そんな智也を助けるわけではないだろうが、何やら笑みを浮かべたともちゃんがそんなことを口にした。
ことり「えっ?」
 まさかここで自分に話が向くとは思わなかったのだろうか、ことりは分かり易いほど動揺をその表情に浮かべた。
みっくん「うんうん、気になる気になるー」
 そんなことりに、みっくんが面白がって続ける。
ことり「な、何にもないよっ。ただちょっと気になっただけだから……」
 にやにや笑顔の友人二人に詰め寄られ、しばらくことりは顔を赤くして必死に弁明していた。
ことり「……もうっ。ほ、ほら、休憩はここまでにして、練習始めよう?」
 最終的には、そう言ってことりは立ち上がり、ともちゃんとみっくんも意味深な笑みを浮かべながらもそれに従い、この話題は終了した。


 そして練習も終わった夕暮れ時。
 帰り道が反対方向のみっくん、ともちゃん、工藤とは校門前で別れ、智也とことりは帰り道を歩いていた。
智也「今日は災難だったな」
 そんな折、智也はあの休憩中の話題を切り出した。
ことり「もう、時々ああしていじわるするんですよ」
 その時の事を思い出したのか、ほんのり頬を赤くしながら口を尖らした。
智也「でも、本当に三人は仲いいよな」
 智也は文化祭の時と今回とであまり付き合いは長くないが、それでも三人の仲の良さを知るには十分だった。それは今日の事でも表れていた。
ことり「はい、二人ともとっても優しくて、私にはもったいないくらいの友達さんです」
智也「うん。でも、あの時どうしてあんなこと聞いたんだ?」
 ともちゃんではないが、智也もあの時のことりの質問には多少驚いてはいた。
ことり「そ、そのことは……本当にちょっと気になっただけで」
 少し俯きながら答える。
ことり「も、もし、藤倉君が卒業式の日に告白とかされたらどうですか?」
 智也も予想外の質問を口に出した。
智也「えっ……」
 さすがにこれには驚き、そしてしばしの間、考えて。
智也「それは実際されてみないと分からないけど、驚くことだけは確かだな」
 何しろこの三年間そういったことには無縁だったのだから、想像もそれだけに驚くだろう。
ことり「そ、そうですか」
智也「でもやっぱり、想像つかないよ。俺がそんな状況にいることなんて」
 ははは、と笑い飛ばす。世の中には分相応という言葉があるのだ。
ことり「……」
 そんな智也を、ことりはじっと見て。
ことり「……でも、私は藤倉君、結構素敵だなって思いますよ?」
 そう言うことりは茶化した風もなく真っ直ぐな視線を向けていた。
智也「うーん、そうか?」
 そう言われてみたが、そう深く受け止めることもなくそう聞き返すと、彼女は笑顔で「そうですよ」とだけ答えた。
ことり「それじゃあ、私はここで」
智也「ああ。じゃあ、また」
 智也がそう言うと「バイバイ」と、ことりは手を小さく振りながら言い、帰っていった。
――……なんだかなぁ
 どうも最近、ことりといるとペースを崩されているような気がする。それは、さっきのことでもそうだ。
 智也はそんなことを考え、いまいち煮え切らない、どことなくもどかしくも感じる帰り道を歩いた。

-39-
<< 前のページへ 次のページへ >> ここまでで読み終える